ブログ

  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    2 奨励するトレーニング法
    2.1 要約のための新聞講読
     新聞記事は、通常①見出し、②リード(前文)そして③本文、④写真、⑤図表から構成されている。見出しとリードの関係やリードと本文の関係を考える場合に、見出しやリードの用語および本文のキーワードに注目すれば理解はできる。また、本文を前後半に分けても、三段式或いは四段式に分けても、それぞれに中心となる段落がつかめれば要約のポイントを作ることはできる。(内田:2008)
     要約の方法は、ことばという情報をまとめるテクニックである。しかし、対象は必ずしもことばでなくてもよい。その場の雰囲気とか対人の場面では相手の心理や意識も要約の対象になりそうだ。やり取りを円滑にするためには、我々が五感で感じる音やにおい、味覚や感触さらには視覚情報を何かのことばに変えて相手に伝えている。その際に、それらのことばを記憶の中枢に留めるために感情のネーミングというトレーニングがある。これは、小説などでいう微妙なニュアンスなどの調節にも繋がっていく。自分の感情を的確に把握するという感情のコントロールのための精神療法である。日頃からこのような頭の体操をすることも要約のトレーニングの役に立つ。(和田:2003)
     要約文は、どのように作れば上手くいくのだろうか。まず一つの段落からキーワードを探していく。キーワードが見つかれば、その単語を含む中心文を使用して場面のイメージを作ることができる。効率良くキーワードが見つかれば、文章の理解はスムーズになり、段落も手際よくまとめられるようになる。これがワーキングメモリーのトレーニングの中で一番簡単である。
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    1 教案の作り方
     新聞講読の教案は、クラスの中で教材が指定されているため、教材を使用している間はこちらで用語や記事の背景について説明し、学生には音読や内容についての設問を解いてもらう。特に時事用語には慣れてもらいたいこともあり、中間テストで用語を確認するのもよい。以下では、教材終了後に行っている要約の演習について説明していく。要約の演習については、作文のクラスでも最後に扱うため、新聞講読とリンクが張られている。ここでは両方のクラスを連動させることが捻りとなる。
    作文の基礎編は、参加者がこれまでに学習した教材の内容を確認する作業である。例えば、日本語の文章を作成する場合に、表記の仕方や文法、文型そして文体などがテーマになり、文章作成後は校正や添削の方法がテーマになる。校正や添削については、短文で間違い探しをするのも練習にはなる。しかし、できるだけ文章のレベルで課題に取り組む方がよい。その方が文章を作成しながら読みやすい文章を書く心得が身についていく。そのことについて一言述べる。
     作文の作業単位は段落レベルを基本にしたい。誰もが一文一文を積み重ねて文章を書いていく。一文一文はやさいい構文や表現を使用すればすぐに理解できる。しかし、一文一文のつなぎがうまいとさらに一読で理解が得られるようになる。日本語は語順が自由であるため、文章の流れを意識する場合にはテーマとかレーマを考えるとよい。これについては後述する。
     実践編の教案は、できるだけ実社会で役に立つと思われる内容にしたい。ビジネスを通じて必要になるライティングは、限られた時間でデータをまとめる技法である。会議のために資料を作りながら翻訳することなどは、日常茶飯事のことである。但し、そこは学生レベルのトレーニングであるため、できるだけポイントを押さえた易しい内容にしたい。その方がこちらの説明を理解してもらえるからだ。
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    【要旨】
     中国の大学で日本語を専攻する学生を対象に新聞講読や日本語の作文のクラスを担当している。参加者は、いずれも日本語学習歴が2、3年の人たちだ。クラスの目標は、「新聞記事を手際よくまとめること」とか「一読でわかるやさしい日本語の文章を書くこと」である。双方とも最終的に要約ができるようになることを目標にしている。「読んで書く」という組みで教案を調節するためである。要約ができるようになると、自ずと読書量も増えて集中力が身についていく。
    【キーワード】
    作業単位、テーマとレーマ、フィードバック、ワーキングメモリー、要約方法
    【汉语】
     我在中国的大学教给中国人日语报纸和作文的课。中国人的学生已经二,三年学习了日语。教案的内容是报纸的概括和简单的日语的文儿。目标都是概括,因为读写是教案的本质。如果学生可以概括,他们增加读书,然后集中力提高。
    【关键词】
    工作单位,题目和评语,反馈,记忆,概括方法
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 栄誉証書 花村嘉英 南京農業大学

    2015年「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」華東理工大学出版社
    2017年「日语教育计划书  面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用  日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」 南京東南大学出版社
  • 魯迅とカオス

     魯迅の「阿Q正伝」を題材にしてシナジーのメタファーの作り方を考察した。まず、サピアの「言語」を参考にしながら、中国人と日本人の思考様式の違いについて説明した。さらにサピアに影響を与えたユングの心理学から意識と無意識に注目し、魯迅が自らを託した阿Qの言動と関連づけて同期と非同期の関係を探り、これをカオスと結びつけた。そして最後に、カオスを脳のモデルとリンクさせて、記憶に関する問題にも言及した。人文科学が専門で興味のある方は、翻訳や比較とは一味違うL字の読みに挑戦してもらいたい。
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より
  • 海馬モデル

     銃殺される前に街中を引き回される阿Qが刑場へ向かう途中で車から喝采している人々を見て、ある瞬間に4年前山麓で出会った飢えた狼のことを思い出す。。ここで喝采している人々は、「馬々虎々」という無秩序状態にあり、予測不可能な振舞い(非線形性)を示すと見なされる。そして、刑場へ向けて荷車を引く仕事人と阿Qの視神経がとらえる入力情報は、引き回しの開始の時点ではほぼ同じである。ところが、しばらくすると阿Qは飢えた狼のことを思い出す。つまり、両者の出力は、その時点で全くかけ離れたものになる(非決定論)。
     こうしたカオスの特徴は記憶とも結びつく。近づきも離れもせずに阿Qを罪人として追いかけてくる狼の目。例えば、これがエピソード記憶であり、阿Q並びに彼の周りにいる人々に託された「馬々虎々」という無意識の思想を連続した物体の存在認識に見られるカオスの世界とする理由である。 
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より
  • 海馬モデル

     記憶を司る部位として知られる海馬は、側頭葉と呼ばれる大脳皮質のすぐ裏側にあり、耳の奥に左右一つずつ置かれ、直径が約1センチメートル、長さが10センチメートルほどで、キュウリのような形をしている。
     海馬は神経細胞の集まりで、その断面を見るとS字に似た筋が見られ、そこに細胞がぎっしりと詰まっている。S字の筋の上部はアンモン角と呼ばれ、下部は歯状回と呼ばれる。アンモン角の細胞は三角形の錐体細胞であり、歯状回の細胞は丸くて小さい顆粒細胞である。アンモン角はさらに4つの部位(CA1野、CA2野、CA3野、CA4野)に分けられる(CAとはCornu Ammonisの略)。(花村:2015) 
     この中で重要な部位は、CA1野とCA3野である。これらと歯状回を合わせた三つの部位は、神経線維で繋がった連絡網になっている。海馬の中の情報は、歯状回→CA3野→CA1野の順に伝わっていき、五感の情報がそれぞれ大脳皮質の側頭葉に送られる。しかし、津田(2002)によると、貫通繊維にはCA3野に至るものとこれをパスしていきなりCA1野に至るものとがある。
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より
  • 魯迅とカオスー阿Q正伝の世界 

     阿Qの人柄とこの作品に見られる言語特性をまとめておこう。郑择魁(1978)は、「阿Q正伝」の言語特性として①口語化(白話文)、②正確、鮮明、生き生き、③人物の高度な個性化、④ユーモア、からかい、婉曲表現、反語を挙げている。
    ① 毛沢東主席が「阿Q正伝」に言及したとき、通俗化と口語化を特に評価した(郑择魁:1978、66)。 
    ② 肃然、赧然、凛然、悚然、欣然などの形容詞を用いて正確で生き生きと民衆の表情をはっきりと描いている(郑择魁:1978、67)。
    ③ 阿Qは70過ぎ(趙旦那の息子の曽祖父世代)、未荘村の地蔵堂に住む日雇い労働者。傘禿げを気にしている。辮髪は茶色。酒と煙草は嗜好品。自尊心が強い。
     阿Qの勝利法:心の中で思っていることを後から口に出す。とりあえず都合よくものを考える。伝家の宝刀は忘却。気分屋。賭博の時は、一番声が大きい(郑择魁:1978、69)。
     町へ行って金を稼いで戻ってきて、未荘村の人たちにその様子を語る。しかし、結局は、町で盗みのプロに手を貸すコソ泥に過ぎなかったことがわかる。
    ④ 阿Q自覚のなさを描きながら、彼を覚醒しようとしている。風刺の裏には作者の絶大なる熱情と希望が隠されている。
     男女の掟に厳格であり、元来、真面目な人間。国家の興亡の責任は男にあるとする。(郑择魁:1978、72)。
  • 魯迅とカオスー阿Q正伝の世界 

     時代の背景では五四運動がある。1919年5月4日、第一次世界大戦のパリ講和条約で旧ドイツ租借地の山東省の権益が日本により継承されることになったのを受けて、天安門で北京大学の学生が反日のデモを繰り返した。この五四運動は、1921年の中国共産党成立にも影響があることから、政治的にも文化的にも影響が大きかった。魯迅は弟周作人とともに新文化運動の前線に立った。辛亥革命の不徹底を批判し、反帝国主義、反封建主義の立場を堅持した(郑择魁:1978、17)。毛沢東主席が「阿Q正伝」に言及したとき、通俗化と口語化を特に評価した(郑择魁:1978、66)。
     「阿Q正伝」(1921)では、魯迅が阿Qに自らを同化させて、阿Qや彼の周りの人々が銃殺される罪人を陶酔しながら喝采する精神の持ち主と評した(片山智行:1996、145)。以下では、こうした「馬々虎々」をカオスと関連づけて考えてみる。これもまた記憶との連想が強い。 
     文学作品は、一般的に時代とか社会生活を反映しているものだ。描かれる社会生活には、作者の個性や感性を通した独特の趣がある。そして、作者の思想が登場人物の形象化により表現される。作品の登場人物を形象化することにより、作者は、芸術的な感動を伝えようとする(山本哲也:2002、415)。魯迅の生き写しである阿Qを追いながら、作品に見られる「馬々虎々」の様子を見ていこう。特に、阿Qが五感で捕らえた情報と意識や無意識との関連づけを入出力の対象とする。
  • 魯迅とカオスー阿Q正伝の世界 

     中国近代文学の父魯迅(本名周樹人:1881-1936年)は、辛亥革命(1911年)を境にして新旧の革命の時代に生きた矛盾をもつ存在である。自己を現在、過去、未来と時間化するために、古い慣習を捨ててその時その時に覚醒を求めた。文体は従容不迫(悠揚せまらぬという意味)で、持ち場は短編である。欧州の文芸や思想並びに漱石、鴎外の作品を読破した。1902年に仙台の東北大学で医学を学ぶ。処女作「狂人日記」(1918)は、中国近代文学史上初めて口語調で書かれた。
     清朝末期の旧中国は、帝国主義の列強国に侵略されて、半封建的な社会となっていた。そのため、民衆の心には、「馬々虎々」(詐欺も含む人間的ないい加減さ)という悪霊が無意識のうちに存在した。魯迅は、支配者により利用されて、中国民衆を苦しめた「馬々虎々」という病を嫌い、これと真っ向から戦った(片山智行:1996、16)。そして、中国の現実社会を「人が人を食う社会」と捉えて、救済するには、肉体よりも精神の改造が必要とした。また、儒教を強く批判した。儒教が教える「三鋼五常」(君臣、父子、夫婦の道、人、義、礼、知、信)は、ごまかしが巧みな支配階級を成立させてしまい、中国の支配層の道具立てとなっていた(片山智行:1996、8)。