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  • Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の動きから生まれる文の曖昧性-モンタギュー文法による形式意味論からの考察25

    参考文献

    Allwood, J et al Logic in Linguistics, 1977(日常言語の論理学 産業図書 1979)
    Benett, M A variation and extension of a Montague fragement of English, in Partee (ed), Montague Grammar, 119-163, 1976
    Chomsky, N On the generative enterprise, 1982, 生成文法の企て「言語」1984.9-1985.9
    Cooper, R and Parsons, T Montague Grammar, generative semantics and interpretive semantics, in Partee (ed), Montague Grammar, 311-362, 1976
    Engel, U und Schumacher, H Kleines Valenz lexikon deutscher Verben, 1976
    Engel, U Syntax der deutschen Gegenwartsprache, 1977
    Engelen, B Untersuchung zu Satzbauplan und Wortfeld in der geschriebenen deutschen Sprache der Gegenwart, 1975
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ 推論といえるのか? 新風舎. 2005
    花村嘉英 計算文学入門(改訂版)-シナジーのメタファーの原点を探る ブイツーソリューション. 2022
    Helbig, G und Schenkel, W Wörterbuch zur Valenz und Distribution deutscher Verben, 1969
    池谷彰 モンタギュー文法.英語青年6. P.8-10. 1982.
    井口省吾, 山科正明, 白井賢一郎, 角道正佳, 西田豊明, 風斗 博之 モンタギュー意味論入門, 三修社, 1987(Dowty, Wall and Peters (1981)からの翻訳).
    金子亨 法・様相などについて ドイツ文学74, 1-10 1985
    Lewis, D General Semantics, in Partee (ed), Montague Grammar, 1-50, 1976
    Löbner, S einführung in die Montague Grammatik, Gunter Narr, 1976
    ——- Intensionale Verben und Funktionalbegriffe, 1976
    Martin, R,M Why I am not a Montague Grammarian, Theoretical Linguistics, 2, 147-157, 1975
    Montague, R Universal Grammar, in Thomason (ed.), Formal Philosophy, 222-246, 1974
    ——- The proper treatment of quantification in ordinary English, in Thomason (ed.), Formal Philosophy, 1974, 247-270
    Motsch, W et al Grundzügeeiner deutschen Grammatik, 1981
    長尾真、淵一博 論理と意味 岩波書店 1983
    Neugeborn, W Zur Analyse von Sätzen mit finiter Verbform + Infinitiv, in Schumacher (Hrsg.), Untersuchungen zur Verbvalenz, 1976, 66-75
    野本和幸 フレーゲの言語哲学 勁草書房 1986
    Partee, B Montague Grammar and Transformational grammar, in Linguistic Inquiry 6, 203-300 , 1975
    ——- Some transformational extension of Montague Grammar, in Partee (ed), Montague Grammar, 1976, 51-76
    Reinwein, J Modlverb Syntax, in Studien zur deutschen Grammatik 6, 1977
    論理文法研究会編 様相論理学 上智大学 1989
    坂井秀寿 日本語の文法と論理 勁草書房 1985
    白井賢一郎 形式意味論入門 産業図書 1985
    Thomason, R  Introductions, in Thomason(ed.), Formal Philosophy, 1-69, 1974
    —— Some Extensions of Montague Grammar, in Partee (ed), Montague Grammar, 77-118, 1976
    内田種臣 様相と論理 早稲田大出版会 1979

    花村嘉英(2020)「Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の動きから生まれる文の曖昧性-モンタギュー文法による形式意味論からの考察」より

  • Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の動きから生まれる文の曖昧性-モンタギュー文法による形式意味論からの考察24

     (20)、(24)、(25)のもう一つの読み、即ち「あるプロセスの始まり、終了」を規定する樹系図及びILへの翻訳式は、モンタギューのオリジナルの理論から規則づけることはできない。
     この結果は、予期されたものである。なぜならば、様相因子が主語内的、主語外的とは、生成意味論的な手法を改案し、表層統語レベルでの根拠づけを果たすために設けられた分析手段であり、表層に現れた言語現象に見られる曖昧性を取り、真理値の必要十分条件を定めるために設定されたモンタギューの内包論理に基づく意味解釈とは、本質的に異なるからである。
     しかし、この問題を解決する上で見込みがないわけではない。例えば、Cooper(1976)には、生成意味論とモンタギューの文法理論との折衷安が示されており、例として、文に現れる複数の読み(意図性、プロセスの変化)は、統語的に曖昧と考えず、つまり、単一の統語分析を考え、あくまで意味解釈の過程で厳密に分析されるべき問題となっている。
     この論文は、モンタギューの文法理論に対して決して否定的な立場にあるわけではない。言語学の目的の一つに、「ことばの意味に対する説明上妥当な記述を施すこと」というものがある限り、モンタギュー流の厳密な手法に基づく意味解釈の規定とは、それなりに意義があるからである。

    花村嘉英(2020)「Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の動きから生まれる文の曖昧性-モンタギュー文法による形式意味論からの考察」より

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     (20)と同様に様相因子の係り具合により曖昧性が生じるbeginnen やaufhörenからなる文についてはどのように翻訳されるのであろうか。

    (24) Das Kind beginnt zu sprechen.
    (25) Das Mädchen hört auf zu weinen.

    (24)Das Kind beginnt zu sprechen. 1
           △
       das Kind  beginnen zu sprechen 5
              △
          beginnen sprechen

    翻訳
    1 in(beginnen(sprechen))∈ das(Kind) ÜR1
    2 in(beginnen(sprechen))∈ das(in(Kind))ÜR2
    3 in(beginnen(sprechen))∈{PQ|∃x(ex(P)={x}⋀ x ∈P}(in(Kind))ÜR4
    4 ∃x(Kind={x}⋀ x ∈{x| x∈beginnen(in(x∈sprechen))}ÜR5

    (25)Das Mädchen hört auf zu weinen. 1
          △
     Das Mädchen aufhören zu weinen  5
               △
          aufhören weinen

    翻訳
    1 in(aufhören(weinen))∈ das(Mädchen)ÜR1
    2 in(aufhören(weinen))∈ das(in(Mädchen))ÜR2
    3 in(aufhören(weinen))∈ PQ|∃x(ex(P)={x}⋀ x∈P)}(in(Mädchen))ÜR4
    4 ∃x(Mädchen={x}⋀ x ∈{x|x∈aufhören(in(x ∈weinen))}ÜR5

    (24)と(25)の翻訳式から得られる意味解釈もやはり「意図性」を含んでいる。

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    4.2 内包論理への翻訳

     Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の主語への係かり具合により生まれる曖昧性がモンタギュー流の内包論理、即ち、文が真となるための必要十分条件を設定し、規定できるかどうか検討していく。欲しい結果は、ILの翻訳により得られた式が上記の曖昧性を定義しうるということである。
     尚、(20)は、Löbner(1976)における基本表現には含まれていないものから構成されている。しかし、範疇さえ考慮すれば問題はなかろう。(20)のILへの翻訳を考える。

    (20)Heinrich fängt an zu singen. 1
           △
       Heinrich  anfangen zu singen 3
                 △
             anfangen singen 5

    翻訳
    1 in(anfangen(singen))∈ Heinrich ÜR1
    2 in(anfangen(singen))∈{P|in(Heinrich) ∈P} ÜR1
    3  in(Heinrich)∈{x|x∈anfangen(in(x∈singen))}} ÜR5

     この翻訳式からなる意味解釈は、「意図性」が現れる。

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     上述した分類によれば、beginnen(範疇TrVv)は、主語外延動詞とされている。しかし、先にも見たように、この動詞には様相因子の振舞いいかんで2通りの意味が考えられることから、修正が必要になる。
     即ち、beginnenが「あるプロセスの始まり」を表す場合は、確かに主語外延的な動詞と見なすことができる。しかし、「意図」をともなうと、前者に比してその表現内容に幅が生じ、主語内包動詞として振る舞うことになる。anfangen、aufhörenについても同様のことがいえよう。

    <beginnen>様相因子
    主語内的 → 主語内包的
    主語外的 → 主語外延的

     ここで対象としているのは、あくまで(20)の形(E0 (+Anim))であり、その他のものは、意識していないためである。無論、同形の文全てに2通りの読みがあるわけではない。例、Seine Schwester beginnt, alt zu werden. (主語外延的)

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     一方、2つの動詞群は、持続的な行為及びプロセスを表し、その際、主語には時間的な広がりがあり、その内包は、変化しないとされている。

    (23)Der Bürgermeister kehrte zurück.

     (23)は、“Der Bürgermeister ist weggegangen.”という文を含意するためである。ILの表記では、∀x(x∈v→Konstant(x))となる。そして基本表現のうち主語内包動詞は、次の通りである。
     
    V altern、einschlafen、arbeiten、zurückkehren
    TrVn erkennen、verwöhnen、stören、beobachten、einschüchtern、begeistern
    TrVsatz begreifen、verdrängen、wissen、glauben、wünschen
    TrVv lernen、versuchen

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    3.4    anfangen、beginnen、aufhören

     2.1の最後にEngel(1976)の上記3動詞に関する識別方法では不十分であるとし、その理由を例文(20)においてすら「あるプロセスの始まり」を表す場合があるとした。
     (20)の文が表すこうした意味上の曖昧性を説明するために、ラインヴァインの提示した概念、主語内的、主語外的を借用すると、(20)の文が「意図」をともなう場合は、様相因子が主語内的になり、「あるプロセスの始まり」を示す場合は、様相因子が主語外的になる。このことをまとめと、次のようになる。

         Normativergänzung     意味 様相因子
    様相動詞 +Anim Abst(als Hum)   意図  主語内的
    本動詞  Abst(als Hum) -Anim、Abst プロセス開始 主語外的

     ここで、<+ Anim、Abst(als Hum)、-Anim、Abst>は、Helbig und Schenkel(1969)の用語である。尚、Helbig und Schenkel(1969)について一言述べると、anfangen、beginnen、aufhören(aufhörenの記載は実際にない)の項で、zu不定詞句とdaß文が相応して書き換えが可能とされている点は適切ではない。なぜなら、先に特性Cに関して記したように、主語同定の関係にある場合、従属文には、主にzu不定詞句が現れ、daß文がそれと同レベルで下位構造になることは、とりわけ実用的なレベルではないからである。
     Anfangenに関する表2は、beginnenやaufhörenについても該当する。但し、Normativergänzungに現れる特性には違いが見られる。(Helbig und Schenkel 1969)。
     最後に問題となるのは、様相因子の動き具合である。先の図からでは、この点が説明されない。そこで、言語を統語上も意味上も曖昧性なく記していく、モンタギュー流の手法により、さらに検討してみることにする。

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    3.3    様相の意味論

     様相の意味論は、これまで主に話法の助動詞から研究がなされてきた。そのうちの一つにReinwein(1977)がある。ラインヴァインは、伝統的な話法の助動詞のそれぞれの読み(Primitivprädikat)を統語レベルでの分類(認識的epistemisch)、主語内的(intrasubjektiv)、主語外的(extrasubjektiv)と掛け合わせている。

    話法の助動詞

    können 認識的(可能)、主語内的(能力)、主語外的(許可)
    müssen 認識的(必然)、主語外的(要求)
    dürfen 認識的(可能)、主語外的(許可)
    sollen 認識的(主張)、主語外的(意志)
    mögen 主語内的(意志)
    wollen 主語内的(意志)

     ここでいう認識的、主語内的、主語外的な統語構造とは、それぞれ、自動詞や他動詞のうち二価と三価のものに相応している。しかし、この表に示された話法の助動詞の読みが、2.1で列挙した動詞の意味合いとどれほど合致するのか調べてみると、pflegen、anfangen、anheben、beginnen、aufhörenには適合しない。

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    3.2    様相動詞に準ずる動詞

    (21) Das Problem ist kaum zu lösen.
    (22) Es bleibt noch viel für dich zu tun.

     (21)と(22)は、確かに意味上で様相を表している。しかし、それぞれが次のように書き換えられるため、特性C及び特性Gに違反することから、様相動詞には数えられないことになる。

    (21)※ Das Problem kann kaum gelöst werden.
    (22)※ Es muß noch viel getan werden.

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    特性Hについて 
     anfangen、beginnen、aufhörenがVollverben(本動詞)として見なされる場合も、やはり主語同定となる。C1を理由にzu不定詞句が現れるためである。Engel(1976)では、この3動詞に関する双方の識別方法が次のように示されている。

    (17) Die Sache fängt an, mir Spaß zu machen.
    (18) Es fängt an zu regnen.
    (19) Der Strauß fängt an zu welken.
    (20) Heinrich fängt an zu singen.

    (20)は、Heinrich fängt mit dem Singen an oder Heinrich fängt damit anと書き換えられる。一方、(17)、(18)、(19)はそれができず、また、(20)は、意味上「意図」をともなうことがあるも(17)、(18)、(19)は「あるプロセスの始まり」を表すにすぎず、統語論上、意味論上の区別が可能である。しかし、(20)が「プロセスの始まり」と見なされる場合も考えられ、Engel(1976)で提示された識別方法が、説明上妥当なものとは思えない。詳細については、2.4で考察する。

    花村嘉英(2020)「Anfangen、beginnen、aufhörenにおける様相因子の動きから生まれる文の曖昧性-モンタギュー文法による形式意味論からの考察」より