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  • シュテファン・ツヴァイクの「Angst」で執筆脳を考える-不安障害5

    表2 ストレス反応の経路
    ・ストレッサーから大脳皮質 ストレッサーを受けると人間の脳の一番外側にある大脳皮質で刺激をキャッチする。
    ・扁桃体から視床下部 喜怒哀楽や快不快といった情動を認識し、情動や理性的な判断や思考を行う前頭葉を経て、脳幹に位置し、自律神経と内分泌を支配する司令塔である。ここに情報が伝達されると、副腎皮質刺激ホルモン放出ホルモン(CRH)が放出される。
    ・内分泌系(HPA) CRHにより刺激された脳下垂体から副腎皮質刺激ホルモン(ACTH)が産生放出される。これが副腎皮質に到達すると、コルチゾールが分泌される。コルチゾールは、代謝や免疫機能を活性化し、短期的なストレス状態にうまく適応する。
    ・自律神経系(SAM) CRHが放出され自律神経が刺激されると、交感神経に受け継がれ、ノルアドレナリンが分泌され、刺激を受けた副腎髄質からはアドレナリンやノルアドレナリンが分泌される。血管の収縮、血圧上昇、心拍数の増加などを促す。
    ・免疫系  ストレッサーが作用したり異物が体内に侵入することにより、多くの段階の免疫システムを稼働させ、それに抵抗しようとする。

    花村嘉英(2021)「シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の執筆脳について-不安障害」より

  • シュテファン・ツヴァイクの「Angst」で執筆脳を考える-不安障害4

     小説の冒頭でイレーネ夫人は、入ってくる女性と強くぶつかった。女は、イレーネが手にした財布や通帳を見て、「哀れな奴」(Luder)と呟く。イレーネは、車の中で吐き気がして喉に苦いものが登ってきた。(Immer staerker wurde das Ubelkeitsgefuehl, immer hoeher klomm es in die Kehl.)エネルギーを一つにまとめ、超人的に努力していくつもの道を先に進み、家に辿り着く。食堂に入ると夫フリッツがテーブルで新聞を読んでいる。帽子を取らないイレーネにとてもイライラしているけど何をしていたのか夫が問いただす。自分の部屋へ行き帽子を取って居間に戻る。問題焦点型のコーピングである。
    しかし、彼女の思考は、恐ろしいほど恐喝女の近くにあった。(Ihre Gedanken kamen in die grauenhafte Naehe der Erpresserin.)ここでイレーネにとって恐喝女は、ストレスフルであり、ストレス反応として情動に変化が見られる。対処法は、愛人への短い手紙である。問題焦点型のコーピングである。
     イレーネは、女の記憶を惑わすために黒い目立たない洋服を着て別の帽子を被った。しかし、喫茶店が近いことが残念であった。(Irene nahm diesmal ein dunkles, unauffaelliges Kleid und einen anderen Hut. Aber fast leid war es ihr, dass die Konditorei so nahe lag.)入っていくと恋人は角に座っていた。静かに声を抑えている。30分話し彼から離れ、予期せぬ成功が自分の顔への好奇心を刺激した。
     イレーネは、ストレス状態にとりあえず適応している。つまり、扁桃体で認識された情動からくる快不快の感情を前頭葉でコントロールし、冷静さを取り戻している。大脳皮質から扁桃体を経て、視床下部に情報が伝達され、内分泌系と自律神経系が相互に影響を及ぼしながらホメオスタシスを保っている。

    花村嘉英(2021)「シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の執筆脳について-不安障害」より

  • シュテファン・ツヴァイクの「Angst」で執筆脳を考える-不安障害3

    3 「Angst」のLのストーリー 

    3.1 ストレス反応の経路
     
     不安と恐怖は、危険を察知して身を守るための防御反応として備わっている感情である。しかし、不安は、内側から沸き起こり、恐怖は、事故や災害、人間関係など外的な原因により生まれる。1910年にウィーンで書かれたツヴァイクの「Angst」は、主人公のイレーネ夫人にまつわるストレスの問題が鍵になる。
     片野(2021)によると、ストレスを構成する要素は、ストレッサー、認知的評価、その対処、ストレス反応である。成年期にあるイレーネ夫人が受けたストレッサーは、社会的なものである。人間関係のトラブル、多忙、いじめ、リストラ、家族の死、挫折、失敗、離婚、結婚などがその例になる。周囲から刺激を受けた際、それが有害か否か認知的に評価し、それに対抗してコーピングで刺激を処理する。コーピングには問題焦点型と情動焦点型がある。
     ストレスが有害であると認知した時、一般的に体には不安や怒り、恐怖、焦りといった情動変化がみられる。続いて、動機や冷や汗、鳥肌、震えといった身体変化が現れ、仕事のミスや事故の増加など行動に変化がでる。

    表1 ストレスの認知的評価

    認知的評価               説明
    一次反応 ストレッサーを受けた時にそれが自分にとって有害か無害かの判断をする。例えば、無関係は無害、不可能は有害になる。
    二次反応 ストレスフルと評価されたストレッサーに対し、その状況を処理して切り抜けるために何をすべきか検討する段階である。
    ストレス反応 情動、身体、行動に変化がある。
    コーピング 周囲から刺激を受けた際、それが有害か否か認知的に評価し、それに対して意識的に行動すること。問題焦点型コーピングは、ストレッサーそのものに働きかけ原因を解決し除去する一方、情動焦点型コーピングは、ストレッサーそのものに働きかけずそれに対する考え方や感情を変えようとする。

    花村嘉英(2021)「シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の執筆脳について-不安障害」より

  • シュテファン・ツヴァイクの「Angst」で執筆脳を考える-不安障害2

    2 シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の背景

     洗練された文体とか無意識の解明などが思い浮かぶシュテファン・ツヴァイク(1881-1942)は、歴史上の人物の評伝で有名なウィーン人である。彼は、人間を愛し、イデオロギーや硬直したシステムおよび傲慢な計画を憎んだ。そして民族と国家間のように人間と人間の間には境界線を引いていた。 
     修業時代は、フレマンの詩人エミール・ヴェルハーレン(1855-1916)の詩作をドイツ語に翻訳した。FriedenthalのNachwortによると、同時代の知識人と意見を交わし、仲間の関係を作ることがツヴァイクの特徴になった。1881年古きドナウの君主国に生まれ、その都ウィーンの上流家系の家柄で育つ。当時のウィーンの要素には、音楽と劇場のみならず、医学や心理学といった科学の研究も含まれる。このウィーンの両面にツヴァイクの作家としての心理的な第六感が働きかける。その後、文学史を修め、世界の主要都市を旅行する。
     精神の自由な交換を無に帰した第一次世界大戦(1914-1918)は、憎悪と権力に対し情熱的に抵抗した詩作を作らせた。第一次世界大戦後、ツヴァイクは、ザルツブルクに移り結婚し、体系的に幅広くライフワークを組み立てる。人生の輝く時代に、決定的な瞬間を呼び起こす歴史のミニチュアを作った。 
     1934年以降ロンドンに居住し、再婚する。第二次世界大戦(1939-1945)の直前に英国の西海岸にある保養地バースに移った。その後、イタリア、ポルトガル、パリそして南北アメリカへと講演旅行に出かけ、長きに渡り世界中に翻訳された作家になっていく。1940年のアメリカへの講演旅行の後、もはや帰る必要はなくなった。自叙伝を作成し、ブラジルを訪れ、60歳の誕生日を前にして二度目の妻とともに自殺した。
     正当であって魂のつり合いを保とうと努力しながら、ツヴァイクは、最後の言葉を書き記す。我々の時代同様非人間の時代に人間的なものを我々のなかで強め、我々が所有する唯一で失われることのないもの、つまり我々の最も内なる自我を放棄しないように警告する人以外誰にも感謝する必要はないと。

    花村嘉英(2021)「シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の執筆脳について-不安障害」より

  • シュテファン・ツヴァイクの「Angst」で執筆脳を考える-不安障害1

    1 はじめに

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。 
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。言語の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なおLのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     
    花村嘉英(2021)「シュテファン・ツヴァイクの「Angst」の執筆脳について-不安障害」より

  • アンドレ・ジイドの「田園交響楽」で執筆脳を考える10

    5 まとめ   
     アンドレ・ジイドの執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「田園交響楽」のLのストーリーをデータベース化し、最後に文献で留めたところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。  
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。

    参考文献

    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?新風舎 2005
    花村嘉英 森鴎外の「山椒大夫」のDB化とその分析 中国日语教学研究会江苏分会 2015
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用 日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默 ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 川端康成の「雪国」から見えてくるシナジーのメタファーとは-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日语教学研究会上海分会 2018
    花村嘉英 計算文学入門(改訂版)-シナジーのメタファーの原点を探る V2ソリューション 2022
    Andre Gide La symphonie pastorale(「田園交響曲」新庄嘉章訳) Wikisource 2023
    Andre Gide Wikipedia 

    花村嘉英(2024)「アンドレ・ジイドの『田園交響楽』で執筆脳を考える」より

  • アンドレ・ジイドの「田園交響楽」で執筆脳を考える9

    表3 情報の認知

    同上     情報の認知1 情報の認知2 情報の認知3
    A 表2と同じ。  2+3       1      2
    B 表2と同じ。  2+3       2      1
    C 表2と同じ。  3        1       1
    D 表2と同じ。  2+3      1       2
    E 表2と同じ。  3        2      1

    A 情報の認知1は[②グループ化+③その他の条件]、情報の認知2は①旧情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。  
    B 情報の認知1は[②グループ化+③その他の条件]、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    C 情報の認知1は③その他の条件、情報の認知2は①旧情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。
    D 情報の認知1は[②グループ化+③その他の条件]、情報の認知2は①旧情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    E 情報の認知1は③その他の条件、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。

    結果  
     この場面で盲人の生む子は盲目かという少女の問いかけに、息苦しさはあるも多感ゆえに安心させようときっぱり否定する。子供を作るには結婚する必要があると少女にいう。しかし、少女はそうは思わない。そこで人間や神の法則では禁じられていても自然の法則が許可してくれると説明するため、購読脳の「盲人教育と多感」から「聖書と制御」という執筆脳の組を引き出すことができる。  

    花村嘉英(2024)「アンドレ・ジイドの『田園交響楽』で執筆脳を考える」より

  • アンドレ・ジイドの「田園交響楽」で執筆脳を考える8

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)  
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③その他の条件である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)  
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)  
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2024)「アンドレ・ジイドの『田園交響楽』で執筆脳を考える」より

  • アンドレ・ジイドの「田園交響楽」で執筆脳を考える7

    分析例  

    1 少女が盲人の生む子は盲目なのか問う場面。  
    2 本論文では、「田園交響楽」の執筆脳を「聖書と制御」と考えているため、意味3の思考の流れ、制御に注目する。    
    3 意味1①視覚②聴覚③嗅覚④触覚⑤味覚 、意味2 ①喜②怒③哀④楽、意味3制御①あり②なし、意味4振舞い ①直示②隠喩③記事なし。     
    4 人工知能 ①聖書1ある2なし、②制御1ある2なし。    
     
    テキスト共生の公式   
     
    ステップ1 意味1、2、3、4を合わせて解析の組「盲人教育と多感」を作る。
    ステップ2 人間や神の法則では禁じられていても自然の法則が許可してくれると説明するため、「聖書と制御」という組を作り、解析の組と合わせる。   

    A [①視覚+②聴覚]+③哀+①あり+①直示という解析の組を、①聖書+②制御という組と合わせる。
    B [①視覚+②聴覚]+③哀+①あり+①直示という解析の組を、①聖書+②制御という組と合わせる。
    C [①視覚+②聴覚]+③哀+①あり+①直示という解析の組を、①聖書+②制御いう組と合わせる。 
    D [①視覚+②聴覚]+④楽+①あり+①直示という解析の組を、①聖書+②制御いう組と合わせる。
    E [①視覚+②聴覚]+④楽+①あり+①直示という解析の組を、①聖書+②制御という組と合わせる。   

    結果  表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2024)「アンドレ・ジイドの『田園交響楽』で執筆脳を考える」より

  • アンドレ・ジイドの「田園交響楽」で執筆脳を考える6

    【連想分析1】

    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    盲人の生む子は盲目なのか問う場面

    A Est-ce que les enfants d'une aveugle naissent aveugles nécessairement? Je ne sais qui de nous deux cette conversation oppressait davantage; mais à présent il nous fallait continuer.
    意味1 1+2、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2+1
    B Non, Gertrude, lui dis-je; à moins de cas très spéciaux. Il n'y a même aucune raison pour qu'ils le soient.
    意味1 1+2、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2+1

    C Elle parut extrêmement rassurée. J'aurais voulu lui demander à mon tour pourquoi elle me demandait cela; je n'en eus pas le courage et contibuai maladroitement:
    意味1 1+2、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2+1

    D Mais, Gertrude, pour avoir des enfants, il faut être mariée. Ne me dites pas cela, pasteur. Je sais que cela n'est pas vrai. 
    意味1 1+2、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 2+1

    E Je t'ai dit ce qu'il était décent de te dire, protestai je. Mais en effet les lois de la nature permettent ce qu'interdisent les lois des hommes et de Dieu.
    意味1 1+2、意味2 4、意味3 1、意味4 1、人工知能 2+1

    花村嘉英(2024)「アンドレ・ジイドの『田園交響楽』で執筆脳を考える」より