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  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える4

    【連想分析1】

    表2 受容と共生のイメージ合わせ

    手術室で互いを確かめる

    A  三秒にして渠が手術は、ハヤその佳境に進みつつ、メス骨に達すと覚しきとき、「あ」と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさえもえせずと聞きたる、夫人は俄然器械のごとく、その半身を跳ね起きつつ、刀取れる高峰が右手の腕に両手をしかと取り縋がりぬ。
    意味1 5、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

    B 「痛みますか」「いいえ、あなただから、あなただから」
     かく言い懸かけて伯爵夫人は、がっくりと仰向きつつ、凄冷極まりなき最後の眼に、国手をじっと瞻りて、
    「でも、あなたは、あなたは、私を知りますまい!」
    意味1 5、意味2 3、意味3 2、意味4 1、人工知能 1

    C いうとき晩そし、高峰が手にせるメスに片手を添えて、乳の下深く掻き切りぬ。医学士は真蒼になりて戦きつつ、「忘れません」。 意味1 1、意味2 3、意味3 1、意味4 1、人工知能 2

    D その声、その呼吸、その姿、その声、その呼吸、その姿。伯爵夫人はうれしげに、いとあどけなき微笑えみを含みて高峰の手より手をはなし、ばったり、枕に伏すとぞ見えし、脣の色変わりたり。
    意味1 1+5、意味2 1、意味3 1、意味4 1、人工知能 1

    E そのときの二人が状、あたかも二人の身辺には、天なく、地なく、社会なく、全く人なきがごとくなりし。意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 2、人工知能 1

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える3

    3 データベースの作成・分析

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容は、それぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は、作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    【データベースの作成】

    表1 「外科室」のデータベースのカラム

    文法1  名詞の格 泉鏡花の助詞の使い方を考える。
    文法2 態 能動、受動、使役。
    文法3 時制、相 現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法4 様相 可能、推量、義務、必然。
    意味1 五感 視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味2 喜怒哀楽 情動との接点。瞬時の思い。
    意味3 思考の流れ 極端、ありなし。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報 病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「極端と瞬間」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能 瞬間と専門 エキスパートシステム 瞬間はニューラル、専門はエキスパートである。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える2

    2 Lの分析

     泉鏡花(1873-1939)は幻想文学の先駆者と評される。
     江戸文学の流れを汲む鏡花の初期の作品は、双紙もの同様に極端を好む。鏡花が「外科室」の中で作ったものは、社会の中に見る瞬間の意義である。川村(1991)によると、唐突な場面設定と光を放つ一瞬こそが鏡花の真の狙いであった。極端を極端と思わず、限界まで来て現れる特徴を最も貴重なその人の性質とし、それを鏡花の認識方法と考える。そこで、購読脳を「極端と瞬間」にする。
     瞬間は、ロジックでいうニューラルに通じる。そのため、執筆脳は、「ニューラルとエキスパート」にする。この執筆脳を購読脳の「極端と瞬間」とマージした場合のシナジーのメタファーは、「泉鏡花と瞬間に見る性質」である。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 泉鏡花の「外科室」で執筆脳を考える1

    1 はじめに

     文学分析は、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロに通じる分析方法である。基本のパターンは、まず縦が購読脳で横が執筆脳になるLのイメージを作り、次に、各場面をLに読みながらデータベースを作成し、全体を組の集合体にする。そして最後に、双方の脳の活動をマージするために、脳内の信号のパスを探す、若しくは、脳のエリアの機能を探す。これがミクロとマクロの中間にあるメゾのデータとなり、狭義の意味でシナジーのメタファーが作られる。この段階では、副専攻を増やすことが重要である。 
     執筆脳は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読み及びそれに対する共生の読みと定義する。そのため、この小論では、トーマス・マン(1875-1955)、魯迅(1881-1936)、森鴎外(1862-1922)に関する執筆脳に関する私の著作を先行研究にする。また、これらの著作の中では、それぞれの作家の執筆脳として文体を取り上げ、とりわけ問題解決の場面を分析の対象にしている。さらに、マクロの分析について地球規模とフォーマットのシフトを意識してナディン・ゴーディマ(1923-2014)を加えると、“The Late Bourgeois World”執筆時の脳の活動が意欲と組になることを先行研究に入れておく。
     筆者の持ち場が言語学のため、購読脳の分析の際に、何かしらの言語分析を試みている。例えば、トーマス・マンには構文分析があり、魯迅にはことばの比較がある。そのため、全集の分析に拘る文学の研究者とは、分析のストーリーに違いがある。言語の研究者であれば、全集の中から一つだけシナジーのメタファーのために作品を選び、その理由を述べればよい。なお、Lのストーリーについては、人文と理系が交差するため、機械翻訳などで文体の違いを調節するトレーニングが推奨される。
     メゾのデータを束ねて何やら予測が立てば、言語分析や翻訳そして資格に基づくミクロと医学も含めたリスクや観察の社会論からなるマクロとを合わせて、広義の意味でシナジーのメタファーが作られる。

    花村嘉英(2020)「泉鏡花の『外科室』の執筆脳について」より

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える6

    3 まとめ

     三浦綾子の「道ありき」に登場する人物の満足度についてデータベースから心理学統計による評価をしてみると、満足度に関して差があることが分かった。

    参考文献

    大山正・中島義明 実験心理学への招待 サイエンス社 2012
    実吉綾子 心理学統計入門 技術評論社 2013
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日语教学研究会上海分会論文集 2018 
    花村嘉英 三浦綾子の「道ありき」の執筆脳について 2019
    三浦綾子 道ありき 新潮文庫 2004

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える5

    表2 具体度

    言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。→小さい満足1、小さい満足1 綾子1、前川1

    つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。伝導の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。→小さい満足1、小さい満足1 綾子1、前川1

    わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。→大きい満足2、小さい満足1 綾子2、前川1

    虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつめられた時に、何かが開けるということを伝導の書にわたしは感じた。→大きい満足2、弱い満足1 綾子2、前川1

    この伝導の書の終わりにあった、「何時の若き日に、何時の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。→大きい満足2、小さい満足1 綾子2、前川1

    1 最初は男女の満足度に差がないと予測する。両者の平均値を取ると、綾子 1.5、前川 1.0になる。この差は誤差の可能性がある。
    2 具体度の1、2は独立変数であり、それにともなう満足度の大小は、従属変数になる。
    3 独立変数そのものの1、2が要因で、独立変数の実際の値、満足度が水準になる。
    4 ここでは、どちらの水準も同じ標本からデータを集めているため、具体度という要因は、参加者内要因になる。
    5 得られた有意確率(p値)を有意水準と比較する。危険率は通常5%未満のため、ここではt検定を採用する。 
    6 t検定では、二つの平均の差を表す統計量(t値)、データの規模を表す自由度(df)、p値(p-value)を説明する。
    [満足度のt検定]
    綾子 1.5、前川 1.0、よってt値=0.5。
    自由度は、独立した標本の個数から1引いたものである。よってdf=8。
    p値は、0.2にする。ここでは5%以上のため、帰無仮説を採択し、有意な差がないとする。

    花村嘉英(2019)「心理学統計の検定を用いて三浦綾子の『道ありき』を考える」

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える4

    2.3 「道ありき」の登場人物に見る男女の満足度の違い

     「道ありき」は、作者自身の肺結核による闘病生活を愛や信仰を交えて綴った自叙伝である。ここでは、この小論の研究テーマ、男女の満足度の違いについて、作成したデータベースを基に考察していく。

    解答 男女の満足度の違い
    表1 具体度
    そんな思いがしきりにした。どうもウソッパチな姿に思えてならなかったのである。私が信者になったら、真実な祈りのできる、ほんとうの信者になろう、などとわたしは、傲慢な思いを持っていたのである。そしてその思いをわたしは、前川正にかくさず告げた。→小さい満足1、小さい満足1 綾子1、前川1

    彼は、「綾ちゃんは手厳しいな」
    そういうだけで、それ以上には何も言わなかった。「クリスチャンってなんとお人好しでしょう。信じていないもの同士が、神はある神はあるといいあって、お互いに安心しているんだもの」→小さい満足1、小さい満足1 綾子1、前川1

    ある時はそんなことも言った。前川正は、そんなわたしに聖書を開いて、伝導の書を嫁とすすめた。何の気なしに始めたこの伝導の書に、わたしはすっかり度肝を抜かれた。「伝道者曰く。空の空、空の空なるかな。すべて空なり。非の下に人の弄してなすところの諸々のはたらきは、そのミニなんの益あらん。世は去り世はきたる。地は永久に保つなり」→小さい満足1、小さい満足1 綾子1、前川1

    そこまでのわずかな一行半を読んだだけで、わたしの心はこの伝導の書にたちまちひきつけられてしまった。→大きい満足2、小さい満足1 綾子2、前川1

    「河はみな海に流れいる。海は満つることなし。目はみるに飽くことなく、耳は聞くに見つることなし・・。先になりしことは、また後に成るべし。非の下には新しきものあらざるなり。見よこれは新しきものと、指して言うべきものなるや。それはわれらの前に在りし世々に、すでに久しくありたるものなり・・前のもののことは、これをおぼゆることなし。後のもののこともまた後に出ずるものこれをおぼゆることあらじ」→大きい満足2、小さい満足1 綾子2、前川1

    花村嘉英(2019)「心理学統計の検定を用いて三浦綾子の『道ありき』を考える」

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える3

    2.2 実験計画

    【研究テーマ】
    質問 男女で満足度の違い。
    帰無仮説 男女で満足度に差がない。
    対立仮説 男女で満足度に差がある。
    【実験計画】
    独立変数 実験や調査をする人が仮説を検証するために使用する変数。原因と結果でいうと原因である。
    従属変数 独立変数の操作に応じて変化すると考えられる変数。原因と結果でいうと結果である。
    【要因と水準】
    要因 実験者が使用する変数。独立変数そのもの。
    水準 実験者が使用する種類。独立変数が実際にとる値。
    【参加者間要因と参加者内要因】
    参加者間要因 水準のデータが異なる標本から集められる場合。
    参加者内要因 水準のデータが同じ標本から集められる場合。
    【有意確率】
     帰無仮説を前提としたときに、誤差から偶然ある程度の差が標本に生じる確率のこと。危険率とかP値という。また、誤差には、本当はないのに誤って誤差があるとする第一種と誤差があるのに誤ってないとする第二種とがある。実吉(2013)では、5%水準を基準にしている。

    花村嘉英(2019)「心理学統計の検定を用いて三浦綾子の『道ありき』を考える」

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える2

    2 心理学統計

    心理学統計では、心の働きを数値化しながら客観性を計り、集計や分析を試みる。心を測定する時は、様々な要因がデータに含まれるため、データには誤差が付き物である。そのため、統計学により誤差を取り除き真の値を求めていく必要がある。そうすると、限られた人数のデータから人間一般に共通する心の働きも推測可能になる。

    2.1 有意性検定

     科学では全般的に仮説を立てて検証する方法が使われる。実吉(2013)によると、検定の際に仮説が成り立つかどうかは、作成したデータから決めていく。検定の対象は、そこに有意性の差があるかどうかである。例えば、男女で満足度に差があるのかどうか、または不安度に差があるのかどうか考える。こうした問題に対してデータを集めながら検定すると、解答が見えてくる。

    【検定の流れ】
    帰無仮説と対立仮説を立てる → 独立変数と従属変数を具体的に決め、実験計画を立てる → データを取る → 実験計画に応じた統計検定を行う → 得られた有意確率(p値)を有意水準と比較する → 帰無仮説の棄却、採択を決定する。

     ここで、帰無仮説とは、比較する数値間に差がないという仮説である。対立仮説は比較する数値間に差があるとする仮説である。検定では、まず帰無仮説が正しいことを前提に検討され、帰無仮説が成り立たなければ、それを棄てて対立仮説に移り、差があるという結論にする。つまり背理法による命題の証明である。

    花村嘉英(2019)「心理学統計の検定を用いて三浦綾子の『道ありき』を考える」

  • 心理学統計の検定を用いて三浦綾子の「道ありき」を考える1

    1 先行研究との関係

     データベースを作成ながら購読脳と執筆脳を分析するシナジーのメタファーの研究も次第に安定してきている。これまでバランスを意識して二個二個のルールに基づき多くの組み合わせを作ってきた。統計についても、バラツキ、相関関係、多変量分析と進み、今回の心理学統計を含めれば、バラツキと相関、多変量と心理という組み合わせができる。この小論では、実吉(2013)の心理学統計の検定の手法に従い、三浦綾子の「道ありき」を題材にして男女の満足度の違いについて考えていく。 

    花村嘉英(2019)「心理学統計の検定を用いて三浦綾子の『道ありき』を考える」