カテゴリー: 未分類

  • シナジーのメタファーを外国語教育に応用する3

     しかし、最初のうちは、一つの小説について全てを揃えることが難しいため、4つのうちとりあえず3つ(①、②、③または①、②、④)を条件にして、作家の執筆脳の研究をまとめるとよい。以下に、シナジーのメタファーのメリットをまとめておく。

    【メリット】
    1 作家の執筆脳を分析して組み合わせを作る際、定番の読みを再考する機会が得られる。
    2 定番の読みは、外国語の場合、読めているかどうか客観的に確認することができるため、意味がある。
    3 データベースの作成は、作品の重読と見なせるため、外国語の習得にも応用できる。理解できる言葉であれば、何語でもよい。
    4 データベースの作成が文献学だけでは見えないものを提供するため、客観性も上がり、研究者個人の発見に繋がる。
    5 また、形態解析ソフトなど新たにインストールすることなく、マイクロソフトのWordやExcelで手軽に取り組むことができる。
    6 論理計算を習得すると、言語文学に関する認知科学の知識が増える。
    7 作家違いでデータベース間のリンクが張れると、ネットワークによる相互依存関係も期待できる。
    8 バランスを取るために二個二個のルールが適用されれば、社会学の視点からマクロの研究に関するアイデアを育てることができる。
    9 人間の世界を理解するには、喩えだけでは物足りず、作家を一種の危機管理者と見なして、相互依存に基づいた人間の条件を理解することができる。
    10 作家の執筆脳は、世界中であまり研究対象になっていないため、研究に取り組めば、難易度の高い研究実績として評価が得られる。
    11 ブログやホームページを公開する際、複数の言語を使用しながら、世界レベルの研究実績として紹介できる。

     例えば、重読についてみよう。シナジーのメタファーを外国語の習得に応用する際、エクセルファイルのカラムAに原文を順次入力していく。入力が終わったら、各行の原文を読みながら購読脳と執筆脳のカラムに数字を入れていく。これが受容の読みとは異なるLの読みを提供するため、シナジーのメタファーは、重読の一つに数えることができる。
     基本的に学歴を土台にして、実務や研究を積めばよいのであれば、文理セパレートで人文や文化の資料をめくっていればよい。副専攻を増やしながら横の調節を心がけ、テキスト共生によるシナジーの調節などする必要がない。しかし、地球規模とフォーマットのシフトからなるマクロのレベルに届けば、研究は、自ずと発見発明につながる。

    花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーを外国語教育に応用する」より

  • シナジーのメタファーを外国語教育に応用する2

    2 シナジーのメタファーのメリット

     作家の執筆脳を探るシナジーメタファーの研究は、①Lのストーリーや②データベースの作成、さらに③論理計算や④統計によるデータ処理が必要になる。例えば、「トーマス・マンとファジィ」でいうと、エクセルのカラムAに原文を入力していき、文理共生のリレーショナル・データベースを作成していく。その際、カラムの前半は文法や意味、後半はメディカル情報の読解と人工知能からなるカラムを置いていく。そして、カラムごとの要素について数字を入力していく。こうしてできたLのストーリーとデータベースからトーマス・マンのイロニーとファジィ理論の整合性の良さが論理計算や統計により説明できれば、シナジーのメタファーの研究成果として実績になっていく。
     「魯迅とカオス」もデータベースを作成しながら、Lの実験を試みる。「阿Q正伝」の場合、解析イメージは、「記憶と馬虎」という組み合わせになり、これを「記憶とカオス」という生成イメージに近づけるため、一つの場面を作業単位にしてL字の解析と生成を繰り返していく。
    銃殺される前に街中を引き回される阿Qが刑場へ向かう途中で車から喝采している人々を見て、ある瞬間に4年前山麓で出会った飢えた狼のことを思い出す。ここで喝采している人々は、「馬々虎々」という無秩序状態にあり、予測不可能な振舞い(非線形性)を示す。そして、刑場へ向けて荷車を引く仕事人と阿Qの視神経がとらえる入力情報は、引き回しの開始の時点ではほぼ同じである。ところが、しばらくすると阿Qは飢えた狼のことを思い出す。つまり、両者の出力は、その時点で全くかけ離れたものになる(非決定論)。
     こうしたカオスの特徴は記憶とも結びつく。近づきも離れもせずに阿Qを罪人として追いかけてくる狼の目。例えば、これがエピソード記憶であり、阿Q並びに彼の周りにいる人々に託された「馬々虎々」という無意識の思想を連続した物体の存在認識に見るカオスの世界とする理由である。
     「森鴎外と感情」についても同じようにデータベースを作成していく。やはりエクセルのカラムAに原文を入力していき、文理共生のリレーショナル・データベースを作成する。その際、カラムの前半は文法や意味、後半はメディカル情報の読解と人工知能からなるカラムにする。但し、作家ごとに知的財産が異なるため、人工知能のカラムは変える必要がある。カラムが整ったら数字を入力していく。
     「山椒大夫」の購読脳を瞬時の思い(誘発+創発)と継続の思い(尊敬の念)からなる感情という組にすると、主人公が子供のため瞬時の思いの中で誘発が強いことがわかる。それが共生の読みの入力となり、何れかの感情と行動が組となって出力される。

    花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーを外国語教育に応用する」より

  • シナジーのメタファーを外国語教育に応用する1

    1 シナジーのメタファー

     文学分析では、通常、読者による購読脳が問題になる。一方、シナジーのメタファーは、作家の執筆脳を研究するためのマクロの分析方法である。基本のパターンは、縦が購読脳で横が執筆脳となるLのイメージを作り、各場面をLに読みながらデータベースを作成して、全体を組の集合体にし、双方の脳の活動をマージするために、中間にロジックを立てて脳内の信号のパスを探していく。
     執筆脳の定義は、作者が自身で書いているという事実及び作者がメインで伝えようと思っていることに対する定番の読みとする。こう考えると、私の著作3冊、トーマス・マン、魯迅、鴎外、ナディン・ゴーディマを先行研究にすることができる。また、編者は、文字データに関する校正を担当するため、原稿の調査についても小説の最終原稿の段階を前提にする。
     これまでに考案しているシナジーのメタファーは、「トーマス・マンとファジィ」、「魯迅とカオス」、「森鴎外と感情」そして「ナディン・ゴーディマと意欲」である。それぞれの作家が執筆している時の脳の活動として文体を取り上げ、とりわけ、問題解決の場面を分析の対象にしている。
     シナジーのメタファーは、世界中の小説が対象になるため、どの言語で書かれていても研究の選択肢になる。自分の専門の対照言語以外のことばでも比較を意識して、東西南北になるように調節するとよい。

    花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーを外国語教育に応用する」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える9

    4 まとめ

     志賀直哉の執筆時の脳の活動を調べるために、まず受容と共生からなるLのストーリーを文献により組み立てた。次に、「城の崎にて」のLのストーリーをデータベース化して、最後に特定したところを実験で確認した。そのため、テキスト共生によるシナジーのメタファーについては、一応の研究成果が得られている。
     この種の実験をおよそ100人の作家で試みている。その際、日本人と外国人60人対40人、男女比4対1、ノーベル賞作家30人を目安に対照言語が独日であることから非英語の比較を意識してできるだけ日本語以外で英語が突出しないように心掛けている。 

    参考文献

    片野善夫 ほすぴ162号 ヘルスケア出版 2018
    高島明彦 脳のしくみ 日本文芸社 2006
    花村嘉英 計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?新風社 2005
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む 華東理工大学出版社 2015
    花村嘉英 日语教育计划书-面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで 南京東南大学出版社 2017
    花村嘉英 从认知语言学的角度浅析纳丁・戈迪默-ナディン・ゴーディマと意欲 華東理工大学出版社 2018
    花村嘉英 シナジーのメタファーの作り方-トーマス・マン、魯迅、森鴎外、ナディン・ゴーディマ、井上靖 中国日語教学研究会上海分会論文集 2018 
    花村嘉英 川端康成の「雪国」に見る執筆脳について-「無と創造」から「目的達成型の認知発達」へ 中国日語教学研究会上海分会論文集 2019
    志賀直哉 城の崎にて(解説 高田瑞穂) 新潮文庫 1985

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える8

    表3 情報の認知

    A 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    B 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    C 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    D 表2と同じ。情報の認知1 2、情報の認知2 2、情報の認知3 2
    E 表2と同じ。情報の認知1 3、情報の認知2 2、情報の認知3 1

    A:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    B:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    C:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    D:情報の認知1は②グループ化、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は②問題未解決から推論へである。
    E:情報の認知1は③条件反射、情報の認知2は②新情報、情報の認知3は①計画から問題解決へである。

    結果

     志賀直哉は、この場面で自分が願う静けさの前に鼠のような苦しみが訪れ、自分の怪我についても同じようにできるだけのことはしようと考えた。そしてフェータルな傷ではないといわれて気分が晴れ、ようやく計画から問題解決に達している。そのため「心の静止と凝視」と「認識と課題に対する心的操作」という組が相互に作用する。

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える7

    【連想分析2】

    情報の認知1(感覚情報)
     
     感覚器官からの情報に注目することから、対象の捉え方が問題になる。また、記憶に基づく感情は、扁桃体と関係しているため、条件反射で無意識に素振りに出てしまう。このプロセルのカラムの特徴は、①ベースとプロファイル、②グループ化、③条件反射である。
     
    情報の認知2(記憶と学習)
     
     外部からの情報を既存の知識構造へ組み込む。この新しい知識はスキーマと呼ばれ、既存の情報と共通する特徴を持っている。未知の情報は、またカテゴリー化される。このプロセスは、経験を通した学習になる。このプロセルのカラムの特徴は、①旧情報、②新情報である。

    情報の認知3(計画、問題解決、推論)
     
     受け取った情報は、計画を立てるプロセスでも役に立つ。その際、目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。しかし、獲得した情報が完全でない場合は、推論が必要になる。このプロセルのカラムの特徴は、①計画から問題解決へ、②問題未解決から推論へである。

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える6

    分析例

    1 円山川で鼠が逃げ廻る場面。
    2 この小論では、「城の崎にて」の購読脳を「心の静止と凝視」と考えているため、意味4の思考の流れ、動から静へのありなしに注目する。
    3 意味1 ①喜②怒③哀④楽、意味2 ①視覚②聴覚③味覚④嗅覚⑤触覚、意味3動から静へ①あり②なし、意味4振舞い ①直示②隠喩③記事なし
    4 人工知能 ①認識、②心的操作 

    テキスト共生の公式

    ステップ1:意味1、2、3、4を合わせて解析の組「心の静止と凝視」を作る。
    ステップ2:動から静への精神状態から「認識と課題に対する心的操作」という組を作り、解析の組と合わせる。

    A:①喜+「①視覚+②聴覚」+①直示+②動から静なしという解析の組を、知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作からなる①認知と②心的操作という組と合わせる。
    B:④楽+「①視覚+②聴覚」+①直示+②動から静なしという解析の組を、知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作からなる①認知と②心的操作という組と合わせる。
    C:④楽+①視覚+①直示+②動から静なしという解析の組を、知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作からなる①認知と②心的操作という組と合わせる。 
    D:①喜+①視覚+①直示+②動から静なしという解析の組を、知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作からなる①認知と②心的操作という組と合わせる。
    E:③哀+①視覚+①直示+①動から静ありという解析の組を、知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作からなる①認知と②心的操作という組と合わせる。

    結果 
    表2については、テキスト共生の公式が適用される。

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える5

    【連想分析1】

    表2 受容と共生のイメージ合わせ
    円山川で鼠が逃げ廻る場面
    A 「一の湯」の前から小川は往来の真ん中をゆるやかに流れ、円山川へ入る。ある所まで来ると橋だの岸だのに人が立って何かのかわの中の物を見ながら騒いでいた。それは大きな鼠を川へ投げ込んだのを見ているのだ。鼠は一生懸命に泳いで逃げようとする。
    意味1 1、意味2 1+2、意味3 1、意味4 2.健常脳 1
    B 鼠には首の所に七寸ばかりの魚串が貫してあった。頭の上に三寸程、咽喉の下に三寸程それが出ている。鼠は石垣へ這い上がろうとする。子供がニ三人、四十位の車夫が一人、それへ石を投げる。却々当たらない。カチッカチッと石垣に当たって跳ね返った。
    意味1 4、意味2 1+2、意味3 1、意味4 2.健常脳 1
    C 見物人は大声で笑った。鼠は石垣の間にようやく前足をかけた。然し這入ろうとすると魚串が直ぐにつかえた。そして又水へ落ちる。鼠はどうかして助かろうとしている。顔の表情は人間にわからなかったが動作の表情に、それが一生懸命である事がよくわかった。
    意味1 4、意味2 1、意味3 1、意味4 2.健常脳 1
    D 鼠は何処かへ逃げこむことが出来れば助かると思っているように、長い串を刺されたまま又川の真ん中の方へ泳ぎ出た。子供や車夫は益々面白がって石を投げた。傍の洗場の前で餌を漁っていた二三羽の家鴨が石が飛んでくるのでびっくりし、首を伸ばしてきょろきょろとした。
    意味1 1、意味2 1、意味3 1、意味4 2.健常脳 1
    E スポッ、スポッと石が水へ投げ込まれた。家鴨は頓狂な顔をして首をのばしたまま、鳴きながら、忙しく足を動かして上流の方へ泳いでいった。自分は鼠の最期を見る気がしなかった。
    意味1 3、意味2 1、意味3 1、意味4 1.健常脳 2

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える4

    3 データベースの作成・分析

     データベースの作成法について説明する。エクセルのデータについては、列の前半(文法1から意味5)が構文や意味の解析データ、後半(医学情報から人工知能)が理系に寄せる生成のデータである。一応、L(受容と共生)を反映している。データベースの数字は、登場人物を動かしながら考えている。
     こうしたデータベースを作る場合、共生のカラムの設定が難しい。受容は、それぞれの言語ごとに構文と意味を解析し、何かの組を作ればよい。しかし、共生は、作家の知的財産に基づいた脳の活動が問題になるため、作家ごとにカラムが変わる。

    【データベースの作成】
    表1 「城之崎にて」のデータベースのカラム
    文法1 名詞の格  直哉の助詞の使い方を考える。
    文法2 態 能動、受動、使役。
    文法3 時制、相  現在、過去、未来、進行形、完了形。
    文法4 様相  可能、推量、義務、必然。
    意味1 喜怒哀楽  情動との接点。瞬時の思い。
    意味2 五感  視覚、聴覚、味覚、嗅覚、触覚。
    意味3 思考の流れ 動から静へ、ありなし。
    意味4 振舞い ジェスチャー、身振り。直示と隠喩を考える。
    医学情報  病跡学との接点 受容と共生の共有点。構文や意味の解析から得た組「心の静止と凝視」と病跡学でリンクを張るためにメディカル情報を入れる。
    情報の認知1 感覚情報の捉え方 感覚器官からの情報に注目するため、対象の捉え方が問題になる。例えば、ベースとプロファイルやグループ化または条件反射。
    情報の認知2 記憶と学習 外部からの情報を既存の知識構造に組み込む。その際、未知の情報についてはカテゴリー化する。学習につながるため。記憶の型として、短期、作業記憶、長期(陳述と非陳述)を考える。
    情報の認知3 計画、問題解決、推論 受け取った情報は、計画を立てるときにも役に立つ。目的に応じて問題を分析し、解決策を探っていく。獲得した情報が完全でない場合、推論が必要になる。
    人工知能 エキスパートシステム 知る作用と成果並びにある課題に対する心的操作。

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より

  • 志賀直哉の「城の崎にて」で執筆脳を考える3

     網膜は、三層構造からなる。網膜に届いた光の刺激は、神経節細胞や双極細胞を通り三層目の桿体細胞と錐体細胞という視細胞で電気信号に変換される。そして今度は逆の方向に光が伝わり、神経節細胞から左右視交叉で情報が送られ、視床で整理された情報は、大脳皮質の視覚野で色、形、動きからそれが何か判断される。(片野(2018))
     凝視により認識したものは、落ち着いた気持ちの中で怪我の養生という課題と相互に作用する。例えば、円山川の橋だの岸だのに人が立って川の中の物を眺めている。首に七寸の魚串が刺さっている鼠が川に投げ込まれ、子供や車夫が石を投げていた。なかなか当たらない。鼠は石垣へ這い上がろうとする。しかし、魚串が痞えてまた水に落ちた。投げられた石に家鴨が驚き、上流の方へ泳いで行く。直哉がここで見たものは、物体から跳ね返ってくる色や形、大きさ、立体感などを認識している。
     死ぬ運命にありながら、殺されまいと全力で逃げ回る鼠の様子が直哉を寂しい嫌な気持ちにさせた。直哉自身は静けさを願い、鼠であれ苦しみは恐ろしいことであるとし、鼠のようなことが自分に起こったら、自分もできるだけのことはするであろうと考えた。
     確かに、自分の怪我の場合、自分で病院を決め、行く方法を指定していた。また、手術の用意ができるように電話をかけてもらうよう依頼した。知る作用と成果の両方を指す認識が鼠の場合とあまり変わらないあるがままの気分を願い、相互作用のあるなしはともに本当の事で仕方がないとする。
     こうすると、「城の崎にて」の執筆脳は、「認識と課題に対する心的操作」と見なされ、心の活動を脳の働きと考えた場合、シナジーのメタファーは、「志賀直哉と心的操作としての思考」になる。直哉は、三週間で但馬の城之崎から去り、脊椎カリエスは回避できた。

    花村嘉英(2020)「志賀直哉の『城の崎にて』の執筆脳について」より