カテゴリー: 研究

  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

     中間テストを挟んで学期の後半は、日本の全国紙の中から最新のニュース記事を選んで、こうしたトレーニングをしている。教材の記事に比べれば、もちろん内容は難しくなる。教材は、学習者が理解しやすいように編集してあるからだ。そのため、ここからが本格的なトレーニングになる。
     そのための準備としてテーマとレーマがうまく組みをなすように段落が作れれば、一読でわかる文章に近づいていく。そのため、テーマ・レーマのトレーニングをウォーミングアップとして試してみよう。
     
    【問題】
     次の文のテーマとレーマを考えながら、どの順番に並べるのがよいか考えてみよう。
    (1)野田首相は昨日の国会答弁で、消費税の増税について具体的な日程に触れなかった。
    (2)医療保険や国民の年金のことを考えると、消費税の増税は止むを得ない。
    (3)消費税の増税は、国民の生活に大きな負担となりかねない。
    (4)現在の消費税は5%である。
    (5)欧米諸国の消費税を見ると、10%後半から20%前半の数字が並ぶ。
    (6)選挙を睨みながらの調整になるのだろう。
    (7)消費税については、もう長いこと話題になっている。
     テーマ・レーマとは旧新の情報のことである。ここでのテーマは消費税である。そこでまず(7)を取り上げる。次に消費税が話題になる理由を考えると、(2)がそれを受けている。現状を考えると、(4)には問題がある。数字だけを見ると日本は消費税が低い気にもなる。数字の例は(5)にある。しかし、数字だけではなく、その他諸々の問題が山積している。そこで(3)が来る。日本のリーダーの見解には常に耳を傾けよう。(1)は(6)が理由にもなる。そこで次のように文章を組み立てていく。(7)(2)(4)(5)(3)(1)(6)の順にする。
    消費税については、もう長いこと話題になっている。医療保険や国民の年金のことを考えると、消費税の増税は止むを得ない。現在の消費税は5%である。欧米諸国の消費税を見ると、10%後半から20%前半の数字が並ぶ。消費税の増税は、国民の生活に大きな負担となりかねない。野田首相は昨日の国会答弁で消費税の増税の具体的な日程には触れなかった。選挙を睨みながらの調整になるのだろう。
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    3 要約の準備
     新聞記事を例にして要約の方法を説明していく。天津で担当した新聞講読や日本語の作文のクラスでは、特に学期の後半に要約のトレーニングを試みた。日本語学習歴が2、3年ということもあり、新聞記事を使えば、一般的な知識もさることながら日本の事情にも通じるようになる。文章を処理する際の作業単位は、先にも述べた通り段落がよい。 
     新聞記事の形式段落は、通常3つ4つの文からなっている。よい段落の条件とは、①長さを工夫する、②段落内の文を結びつける語句が正しく使用されている(例、接続語、指示語、テーマ・レーマ)、③全体の文章と段落に何らかの関係がある、④中心文があることである(王/山鹿:2004)。新聞記者も当然こうしたことを念頭に入れて記事を書いている。また、段落の変わり目の目安として、①時間や場所が変わる。②人物や事件が変わる、③立場や観点が変わる、④会話文の話し手が変わる、⑤事柄や考えが変わるときが考えられる。(王/山鹿:2004)
     そこで、段落の中からキーワードやそれを含む中心文を探して、各段の要約文をまとめながら、最後に全体の要約文に仕上げる練習を繰り返す。字数制限についてはどうだろうか。この場合、各段落を要約してから複数をまとめて意味段落にする。そして、2つ3つの意味段落をまとめて、字数の範囲内で要約文を完成させる。その際にも一応5W1Hを使って整える。(4 要約の実践を参照すること)
     どのことばについてもこうした方法で要約文を作ることができる。しかし、繰り返してトレーニングをしないと、限られた時間でデータをまとめることはできない。一学期ぐらいは我慢してトレーニングを続ければ、要約作業のコツもつかめてくる。 
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

     キーワードは、意味をつかむ上で重要なことばである。そのため、名詞とか動詞そして述語形容詞がキーワードになりやすい。名詞の中でも固有名詞や数字、カタカナは、情報が凝縮されているため価値がある。その他の品詞、例えば、副詞、接続詞、助詞、助動詞はキーワードにはなりにくい。(佐藤:2010)
     段落の中で情報はどのように流れているのであろうか。講読時の言語情報の入力と出力という観点から見ると、構文と意味が組で扱われている。例えば、日本語のある入力文に対して、まずその言語の構文と意味の解析が行われ、ここに解析のイメージが作られる。次に、意味と構文が生成されて入力に対する理解ができあがり出力となる。段落を通してこうした入出力の作業が一文一文連鎖をなして行われている。
     また、要約する場合は、その言語にかなり通じているわけだから、構文は自動的に解析されて、どちらかというと意味の解析に焦点が当てられる。その際、役に立つ言語処理としてテーマ・レーマがある。テーマとは主題のことをいい、文中で伝達の対象を表す既知の情報のことをいう。またレーマとは述題のことで、文中で伝達の内容を表す新情報のことをいう。
     要するに、段落の中で情報は旧新旧新の順に流れている。特に新と旧の情報がうまく組みをなすように段落が作れれば、一読でわかる文章に近づいていく。中国語は語順が固定の言語であるため、日本語を専攻する中国人の学生にとって言語間の特徴の違いを考える上でこうしたトレーニングは意味がある。テーマとレーマの調節ができるようになれば、自ずとリーディングの際にもこうしたテクニックが反映される。その際にも一応5W1Hを使って文章を整える。
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    2 奨励するトレーニング法
    2.1 要約のための新聞講読
     新聞記事は、通常①見出し、②リード(前文)そして③本文、④写真、⑤図表から構成されている。見出しとリードの関係やリードと本文の関係を考える場合に、見出しやリードの用語および本文のキーワードに注目すれば理解はできる。また、本文を前後半に分けても、三段式或いは四段式に分けても、それぞれに中心となる段落がつかめれば要約のポイントを作ることはできる。(内田:2008)
     要約の方法は、ことばという情報をまとめるテクニックである。しかし、対象は必ずしもことばでなくてもよい。その場の雰囲気とか対人の場面では相手の心理や意識も要約の対象になりそうだ。やり取りを円滑にするためには、我々が五感で感じる音やにおい、味覚や感触さらには視覚情報を何かのことばに変えて相手に伝えている。その際に、それらのことばを記憶の中枢に留めるために感情のネーミングというトレーニングがある。これは、小説などでいう微妙なニュアンスなどの調節にも繋がっていく。自分の感情を的確に把握するという感情のコントロールのための精神療法である。日頃からこのような頭の体操をすることも要約のトレーニングの役に立つ。(和田:2003)
     要約文は、どのように作れば上手くいくのだろうか。まず一つの段落からキーワードを探していく。キーワードが見つかれば、その単語を含む中心文を使用して場面のイメージを作ることができる。効率良くキーワードが見つかれば、文章の理解はスムーズになり、段落も手際よくまとめられるようになる。これがワーキングメモリーのトレーニングの中で一番簡単である。
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    1 教案の作り方
     新聞講読の教案は、クラスの中で教材が指定されているため、教材を使用している間はこちらで用語や記事の背景について説明し、学生には音読や内容についての設問を解いてもらう。特に時事用語には慣れてもらいたいこともあり、中間テストで用語を確認するのもよい。以下では、教材終了後に行っている要約の演習について説明していく。要約の演習については、作文のクラスでも最後に扱うため、新聞講読とリンクが張られている。ここでは両方のクラスを連動させることが捻りとなる。
    作文の基礎編は、参加者がこれまでに学習した教材の内容を確認する作業である。例えば、日本語の文章を作成する場合に、表記の仕方や文法、文型そして文体などがテーマになり、文章作成後は校正や添削の方法がテーマになる。校正や添削については、短文で間違い探しをするのも練習にはなる。しかし、できるだけ文章のレベルで課題に取り組む方がよい。その方が文章を作成しながら読みやすい文章を書く心得が身についていく。そのことについて一言述べる。
     作文の作業単位は段落レベルを基本にしたい。誰もが一文一文を積み重ねて文章を書いていく。一文一文はやさいい構文や表現を使用すればすぐに理解できる。しかし、一文一文のつなぎがうまいとさらに一読で理解が得られるようになる。日本語は語順が自由であるため、文章の流れを意識する場合にはテーマとかレーマを考えるとよい。これについては後述する。
     実践編の教案は、できるだけ実社会で役に立つと思われる内容にしたい。ビジネスを通じて必要になるライティングは、限られた時間でデータをまとめる技法である。会議のために資料を作りながら翻訳することなどは、日常茶飯事のことである。但し、そこは学生レベルのトレーニングであるため、できるだけポイントを押さえた易しい内容にしたい。その方がこちらの説明を理解してもらえるからだ。
  • 中国人の学生に日本語の読み書きを教授する ―要約文の作成について

    【要旨】
     中国の大学で日本語を専攻する学生を対象に新聞講読や日本語の作文のクラスを担当している。参加者は、いずれも日本語学習歴が2、3年の人たちだ。クラスの目標は、「新聞記事を手際よくまとめること」とか「一読でわかるやさしい日本語の文章を書くこと」である。双方とも最終的に要約ができるようになることを目標にしている。「読んで書く」という組みで教案を調節するためである。要約ができるようになると、自ずと読書量も増えて集中力が身についていく。
    【キーワード】
    作業単位、テーマとレーマ、フィードバック、ワーキングメモリー、要約方法
    【汉语】
     我在中国的大学教给中国人日语报纸和作文的课。中国人的学生已经二,三年学习了日语。教案的内容是报纸的概括和简单的日语的文儿。目标都是概括,因为读写是教案的本质。如果学生可以概括,他们增加读书,然后集中力提高。
    【关键词】
    工作单位,题目和评语,反馈,记忆,概括方法
    花村嘉英「日本語教育のためのプログラム」より
  • 栄誉証書 花村嘉英 南京農業大学

    2015年「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」華東理工大学出版社
    2017年「日语教育计划书  面向中国人的日语教学法与森鸥外小说的数据库应用  日本語教育のためのプログラム-中国語話者向けの教授法から森鴎外のデータベースまで」 南京東南大学出版社
  • 魯迅とカオス

     魯迅の「阿Q正伝」を題材にしてシナジーのメタファーの作り方を考察した。まず、サピアの「言語」を参考にしながら、中国人と日本人の思考様式の違いについて説明した。さらにサピアに影響を与えたユングの心理学から意識と無意識に注目し、魯迅が自らを託した阿Qの言動と関連づけて同期と非同期の関係を探り、これをカオスと結びつけた。そして最後に、カオスを脳のモデルとリンクさせて、記憶に関する問題にも言及した。人文科学が専門で興味のある方は、翻訳や比較とは一味違うL字の読みに挑戦してもらいたい。
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より
  • 海馬モデル

     銃殺される前に街中を引き回される阿Qが刑場へ向かう途中で車から喝采している人々を見て、ある瞬間に4年前山麓で出会った飢えた狼のことを思い出す。。ここで喝采している人々は、「馬々虎々」という無秩序状態にあり、予測不可能な振舞い(非線形性)を示すと見なされる。そして、刑場へ向けて荷車を引く仕事人と阿Qの視神経がとらえる入力情報は、引き回しの開始の時点ではほぼ同じである。ところが、しばらくすると阿Qは飢えた狼のことを思い出す。つまり、両者の出力は、その時点で全くかけ離れたものになる(非決定論)。
     こうしたカオスの特徴は記憶とも結びつく。近づきも離れもせずに阿Qを罪人として追いかけてくる狼の目。例えば、これがエピソード記憶であり、阿Q並びに彼の周りにいる人々に託された「馬々虎々」という無意識の思想を連続した物体の存在認識に見られるカオスの世界とする理由である。 
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より
  • 海馬モデル

     記憶を司る部位として知られる海馬は、側頭葉と呼ばれる大脳皮質のすぐ裏側にあり、耳の奥に左右一つずつ置かれ、直径が約1センチメートル、長さが10センチメートルほどで、キュウリのような形をしている。
     海馬は神経細胞の集まりで、その断面を見るとS字に似た筋が見られ、そこに細胞がぎっしりと詰まっている。S字の筋の上部はアンモン角と呼ばれ、下部は歯状回と呼ばれる。アンモン角の細胞は三角形の錐体細胞であり、歯状回の細胞は丸くて小さい顆粒細胞である。アンモン角はさらに4つの部位(CA1野、CA2野、CA3野、CA4野)に分けられる(CAとはCornu Ammonisの略)。(花村:2015) 
     この中で重要な部位は、CA1野とCA3野である。これらと歯状回を合わせた三つの部位は、神経線維で繋がった連絡網になっている。海馬の中の情報は、歯状回→CA3野→CA1野の順に伝わっていき、五感の情報がそれぞれ大脳皮質の側頭葉に送られる。しかし、津田(2002)によると、貫通繊維にはCA3野に至るものとこれをパスしていきなりCA1野に至るものとがある。
    花村嘉英(2015)「魯迅をシナジーで読む」より