シナジーのメタファーの作り方7


4 井上靖の「わが母の記」(1975)

 井上靖(1907-1991)の「わが母の記」は、実母の終焉を綴った作品で、認知症の母を家族で支える様子が伝わるため、購読脳の出力を「認知症と適用能力」という組にする。次にこれが入力信号となり、情報の認知を通して作者の執筆脳に向っていく。井上靖の作品は、人間関係や出来事の描写が大変細やかで、常に場面毎のイメージが目に浮かぶ。そこで執筆脳を「記憶と連合野のバランス」にする。「わが母の記」は、「花の下」(1964)、「月の光」(1969)、「雪の面」(1974)という3部作からなっている。また、筆者は、認知症予防改善医療団(DMC)の認知症ケアカウンセラー(2016年12月認定)である。
 「花の下」では、八十歳になり物忘れがひどくなった母が何度も同じ事を言うようになる。郷里を離れ東京の末娘の桑子の家に移ると、認知症の症状が烈しくなり、親戚の秀才兄弟の話を一晩に何回もする。しかし、この位の軽度の認知症では日常生活に大きな支障は生じない。
 「月の光」では、郷里で母が八十五歳になっており、同じ事をさも新しいことのように繰り返す異常さが認知症の進み具合を説明している。軽井沢の夏の家では、道を尋ねた女の幻覚が母の認知症の例になる。また、ある晩息子を探しに月明かりの道をさまよい歩く徘徊もある。コミュニケーションが上手くいかず、家庭生活で支障が出る中程度まで認知症の症状が進んでいる。
 「雪の面」では、母が八十九歳になり老耄も烈しくなっている。母が夜に目を覚ますと、懐中電灯で照らして部屋に入ってくる事件が起こった。孫娘の芳子にもうどこへも出してもらえないのねと囁いた。自分は閉じ込められ監禁でもされていると思っている。母の徘徊により家族が振り回されている。また、朝食を摂ったばかりなのに、やがて夕方が来ると思い込むこともあった。認知症は高度となり、家族の生活も崩壊寸前である。
 認知症の患者は、βアミロイドの蓄積により脳内の神経細胞の神経繊維が萎縮するため海馬が萎縮してしまい、情報がスムーズに送れなくなる。また、受ける側の神経細胞も損傷し情報のやり取りがうまくいかなくなる。ここでは、作者の母の認知症のタイプをアルツハイマー型認知症としよう。日本成人病予防協会(テキスト6)(2014)によると、このタイプは、認知症の中でも最も多く、過去の体験を思い出せない記憶障害が出て、異常な言動を伴うことが頻繁に見られる。

花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーの作り方について」より


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