場面2 東京
「君が東京でさしずめ落ちつく先とか、なにをしたいとかいうことくらいきまってないと危ないじゃないか。」
「女一人くらいどうにでもなりますわ。」と、葉子は言葉尻が美しく吊り上がるように言って、島村を見つめたまま、
「女中に使っていただけませの?」
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「なあんだ、女中にか?」
「女中はいらんです。」
「この前東京にいた時は、なにをしてたんだ。」
「看護婦です。」
「病院か学校に入ってたの。」
「いいえ、ただなりたいと思っただけですわ。」
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島村はまた汽車のなかで師匠の息子を介抱していた葉子の姿を思い出して、あの真剣さのうちには葉子の志望も現れていたのか微笑まれた。
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「それじゃ今度も看護婦の勉強がしたいんだね。」
「看護婦にはもうなりません。」
「そんな根なしじゃいけないね。」
「あら、根なしじゃいけないね。」
「あら、根なんて、いやだわ。」と、葉子は弾き返すように笑った。
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その笑い声も悲しいほど高くすんでいるので、白痴じみて聞こえなかった。しかし島村の心の殻を空しく叩いて消えてゆく。
「なにがおかしいんだ。」
「だって、私は一人の人しか看病しないんです。」
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花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーのために一作家一作品でできることー川端康成」より