表2 具体度2
私が君に山上の冬を待受けることの奈様に恐るべきかを話した。しかしその長い寒い冬の季節が又、信濃に於ける最も趣の多い、最も楽しい時であることをも告げなければ成らぬ。→小さい理解1、理解なし0 藤村1、友人0
それには先ず自分の身体のことを話そう。そうだ。この山国へ移り住んだ当時、土地慣れない私は風邪を引き易やすくて困った。こんなことで凌いで行かれるかと思う位だった。実際、人間の器官は生活に必要な程度に応じて発達すると言われるが、丁度私の身体にもそれに適したことが起って来た。次第に私は烈しい気候の刺激に抵抗し得るように成った。東京に居た頃から見ると、私は自分の皮膚が殊に丈夫に成ったことを感ずる。→強い理解2、理解なし0 藤村2、友人0
私の肺は極く冷い山の空気を呼吸するに堪えられる。のみならず、私は春先まで枯葉の落ちないあの椚林を鳴らす寒い風の音を聞いたり、真白に霜の来た葱畠を眺めたりして、屋の外を歩き廻る度に、こういう地方に住むものでなければ知らないような、一種刺すような快感を覚えるように成った。→強い理解2、理解なし0 藤村2、友人0
草木までも、ここに成長するものは、柔い気候の中にあるものとは違って見える。多くの常磐樹の緑がここでは重く黒ずんで見えるのも、自然の消息を語っている。試みに君が武蔵野辺の緑を見た眼で、ここの礫地に繁茂する赤松の林なぞを望んだなら、色相の相違だけにも驚くであろう。→強い理解2、弱い理解1 藤村2、友人1
ある朝、私は深い霧の中を学校の方へ出掛けたことが有った。五六町先は見えないほどの道を歩いて行くと、これから野面へ働きに行こうとする農夫、番小屋の側にションボリ立っている線路番人、霧に湿りながら貨物の車を押す中牛馬の男なぞに逢った。そして私はこの人達の手なぞが真紅まっかに腫るほどの寒い朝でも、皆な見かけほど気候に臆してはいないということを知った。→弱い理解1、理解なし0 藤村1、友人0
花村嘉英(2020)「心理学統計の検定を用いて島崎藤村の『千曲川のスケッチ』を考える」より