三浦綾子の「道ありき」の多変量解析-クラスタ分析と主成分4


◆場面1 
言ってみれば、この世で望める限りの幸福を一心に集めていたわけだ。しかし彼は老人を見て、人間の衰えゆく姿を思い、葬式を見て、人の命の有限なることも思った。そしてある夜ひそかに、王宮も王子の地位も、美しい妻も子も棄てて、一人山の中に入ってしまった。A1 B1 C2 D1

つまり釈迦は、今まで自分が幸福だと思っていたものに、むなしさだけを感じ取ってしまったのであろう。伝導の書といい、釈迦といい、そのそもそもの初めには虚無があったということに、わたしは宗教というものに共通する一つの姿を見た。A1 B1 C2 D1

わたし自身、敗戦以来すっかり虚無的になっていたから、この発見はわたしに一つの転機をもたらした。
A1 B1 C2 D1

虚無は、この世のすべてのものを否定するむなしい考え方であり、ついには自分自身をも否定することになるわけだが、そこまで追いつめられた時に、何かが開けるということを、伝導の書にわたしは感じた。
A1 B2 C2 D1

この伝導の書の終わりにあった、「何時の若き日に、何時の造り主をおぼえよ」の一言は、それ故にひどくわたしの心を打った。それ以来私たちの求道生活は、次第にまじめになっていった。A1 B2 C2 D1

A平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲1.0
B平均1.4 標準偏差0.55 中央値1.0 四分位範囲1.0
C平均2.0 標準偏差0 中央値2.0 四分位範囲2.0
D平均1.0 標準偏差0 中央値1.0 四分位範囲1.0
【クラスタABとクラスタCD】
AB 平均1.2普通、標準偏差0.2低い、中央値1.25普通、四分位範囲1低い
CD 平均1.5高い、標準偏差0低い、中央値]1.5普通、四分位範囲1.5普通
【クラスタからの特徴を手掛かりにし、どういう情報が主成分なのか全体的に掴む】
A、C、Dのバラツキが小さいことから、作者の考察は一定している。
【ライン】合計は、言語の認知と情報の認知の和を表す指標であり、文理の各系列をスライドする認知の柱が出す数字となる。
① 5、視覚、直示、新情報、解決 → 釈迦が一人で山に入る。
② 5、視覚、直示、新情報、解決 → 宗教に見る共通性。
③ 6、視覚、直示、新情報、未解決 → 発見による転機。
④ 6、視覚以外、直示、旧情報、未解決 → 追いつめられると何かが開ける。
⑤ 5、視覚、直示、新情報、解決 → 求道生活を修正。
【場面の全体】
 全体で視覚情報は10割であり、脳に届く通常の五感の入力信号の割合よりもかなり高いため、視覚の情報が問題解決に効いている。

花村嘉英(2020)「三浦綾子の『道ありき』の多変量解析-クラスタ分析と主成分」より


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