サピアの「言語」と魯迅の「阿Q正伝」2


1 言語と思考

1.1 サピアの特徴と魅力

 20世紀を代表するアメリカの言語学者エドワード・サピア の特徴と魅力について彼の著書「言語」を軸にしてまとめいく。サピアは、言語の普遍性から個別言語の特徴へと話を進め、人類学も視野に入れるために、人種や言語、文化や文学についても自論を述べている。
 この論文は、サピアの言語研究を中日の観点からまとめていきます。サピアの言語論に日本語の分析はないものの、個別言語に話が及ぶと展開が見られるためである。
 サピアの言語研究の本質は、6つの文法過程にある。それは、語順、複合語(造語)、接辞添加(接頭辞、接尾辞、接中辞)、語幹要素または文法要素の内部変容、重複及びアクセントの相違です。中日両言語で類似している性質は、複合語と重複の過程である。一方、異なる性質は、語順、接辞の添加、文法要素の内部変容そしてアクセントである。
 複合語(造語)は中日両語で使用されおり、その過程で二つ以上の語幹要素が結合して、単一語が形成される。これは、要素間の関係を暗示するとともに、語順の過程とも関連する。中国語は語順が厳格なため、複合語を発達させる傾向にある。日本語よりも中国語の方がその数は圧倒的に多い。例えば、語連続の「人権」とか慣習化された並置の「農夫」などがそれである。サピア(1998)によると、これらの複合語の意味は、構成要素の語源的な意味とは異なるものになる。
 重複については、日本語の「思い思い」のように、語の全体または一部を繰り返す畳語が考えられる。朝鮮語、中国語、アイヌ語には見られる特徴だが、印欧語やウラル語族、アルタイ諸語には見られない。
 次に、中日両言語の異なる性質について見てみよう。言語には語順が自由なものと固定のものとがある。しかし、大半はその中間に位置する。前者の代表としてはラテン語が、後者の代表としては中国語があげられる。日本語は、語順がかなり自由な言語である。ドイツ語やオランダ語などのゲルマン系の言語も、類型論的には部分的に語順が自由な言語といわれている。中国語の語順はSVOであり、日本語やドイツ語はSOVになる。
 文法関係を表す際、中国語は語順を頼りにし、日本語や韓国語は助詞(てにをは)を用いる。これが中国語は孤立語で、日本語が膠着語と呼ばれる理由である。中国語の語順は確かに英語に近いが、中国語には語尾変化や活用がない。日本語のようなSOV型は、世界の言語の約半分、英語や中国語などのSVO型は35%、ポリネシア語などのVSO型は10%余りを占る。 
 こうした語順の違いは、言語的な発想にも影響を及ぼす。山本(2002)によると、中国語は述語が主語のすぐ後に来るため、話し手や書き手の意図が肯定なのか否定なのかは早い段階で明らかになる。一方、日本語は述語が最後に来るため、話し手や書き手の意図が肯定なのか否定なのかは最後まで行かないとわからない。サピアは、こうした人の思考様式こそが言語習慣を規定するとし、弟子のウォーフと共に立てた仮説は、今でも語り継がれている。
 また、中日の翻訳を考えると、語順のみならず推論も重要なポイントになる。発想は、一般的に発見とか発明に問われるものだが、文章を書く際にも語順とか段落の作り方または話の流れに言語上の小さな発想があると考えられる。発想はまた文系と理系とで異なるし、文理で組み立て方やまとめ方も違う。つまり、こうした違いを調節するためにシナジー論がある。
 サピア(1998)よると、接辞の添加には、接頭辞、接尾辞そして接中辞がある。その中で接尾辞の添加が最も普通である。中国語は、語幹要素として文法的に独立した要素を利用しない特別な言語である。しかし、日本語の接辞「的」は、中国語の「的」からの影響であろうし、孩子や杯子の「子」も中国語の接辞といえる。
文法要素の内部変容とは、語の内部の母音または子音を変化させる過程である。日本語の場合は、動詞や形容詞の活用にそれが見られる。しかし、中国語には活用がないため、英語の母音変化(例えば、sing、sang、sung、song)に類似した例は見当たらない。
 アクセントは、中国語も日本語もピッチアクセントである。例えば、中国語のfa[一声](発送する)とfa[四声](頭髪)のようなアクセントの交替は、声調の差異が必ずしも動詞と名詞を区別するわけではない。

花村嘉英(2015)「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」より


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