トーマス・マンとファジィ14


 「計算文学入門」では、記憶とは、予め蓄えられた情報を必要に応じて呼び出すことができる能力としている。簡単に言うと、記憶には、 短期記憶と長期記憶がある。前者は、数秒から数分間蓄えられる情報であり、後者は、一生の間保存することができる情報である。
 短期記憶には、感覚知覚的なものと一次的なものがある。感覚知覚的な刺激は、数百ミリセカンドもない間にコード化され、重要な特徴を引き出せるように自動的に感覚記憶に蓄えられる。しかし、経験からもわかるように、たちまちにして忘れてしまう。短期間の感覚知覚的な記憶から継続的なものへ情報を移動させる場合、通常、感覚的なデータを言葉によりコード化する方法が採用される。一次記憶は、言葉によりコード化されたデータを一時的に取り出す際に役に立つ。この容量は、 感覚知覚的な記憶に比べて小さくなる。また、非言語的にコード化されたデータは、訓練によって一次記憶から継続的な二次記憶へと緩和される。(例えば、注意深く繰り返すこと。)
 長期記憶には、二次記憶と三次記憶がある。二次記憶は、継続的な大きい記憶システムである。一次記憶との組織上の違いは、記憶からデー 夕を呼び出す際に生じる間違え方によって明らかになる。一次記憶の場合、pとbのような音声的に似ている音の取り違えが問題になるが、二次記憶の場合は、類似した意味による単語の取り違えが問題になる。その 他の弁別特徴として、データ処理の時間を考えることができる。例えば、一次記憶は速く、二次記憶は遅くなる。二次記憶における忘却は、事前に学習されたことを通して学ぶべき題材に干渉することが原因となっている。つまり、こうした忘却は、物事が起こる前に反応する先走りによる障害から起こっている。先見的な障害は、学習したことに関す る多くの蓄えを自由に処理することができるため、重要な要素となる。 こう考えると、大部分の忘却は、予め学習したことに責任があるようだ。
 三次記憶において問題となるのは、記憶痕跡(エングラム)である。例えば、これは、固有名詞、読み書きの能力、医学的な理由で他のすべての記憶が失われたとしても、もはや忘れることのない手先の器用さなどのことである。三次記憶という特別な記憶形式の中に蓄えられているこうした記憶痕跡は、極めて短い時間のデータ処理により際立ってくるようである。但し、二次記憶の中で著しく固まってしまった記憶痕跡も同じように扱うことができる。それ故、長期記憶のモデルは、二次記憶と三次記憶に相応する。

花村嘉英(2005)「計算文学入門-Thomas Mannのイロニーはファジィ推論といえるのか?」より


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です