2 Lのストーリー
アナトール・フランス(1844-1924)の「クランクビーユ」は、1901年に出版された。還暦を過ぎた老青物商人がパリの街を荷車に載せた野菜とともに練り歩く昔ながらの日常の話である。クランクビーユは、いつものように得意先の婦人らに声をかけては新鮮などこにも負けない野菜を売っていた。
十月に入りモンマルトルも秋めいてきた。些細な出来事があった。昼過ぎに靴屋のバイヤー婦人が老商人の車にやってきて葱を物色する。15スーでは高いから14スーにしてほしい。今店に行って金をとってくるから少し待つようにいう。しかし、第64号の巡査が現れ、クランクビーユに立ち止まらずに歩けと伝える。(C’est alors que l’argent 64 survint et dit à Crainquebille. Circulez!)
法律を軽蔑しているわけではない。お代を待っているだけだと説明する。モンマルトル通りは、車の雑踏が頂点に達し、巡査は、混雑を緩和することしか頭になかった。靴屋の婦人はなかなか戻らず、別に反抗したわけではないが、警官を侮辱した違反者とでっち上げられ、クランクビーユは拘束された。(C’est sous cette forme que spontanément il recueillit et concréta dans son oreille les paroles du délinquant.)現場に居合わせた医者のマチュー博士が思い違いをしていると説明したにも関わらず。刑務所に連れていかれても野菜を積んだ自分の車の心配をしていたところへ弁護士が事情聴取に訪れた。
「犬め!」といったいわないで裁判が進行する。弁護士のルメルル先生は、第64号のマトラ巡査が過労もあり聴覚上の幻覚症状があったとか強執病で纏執発作にとらわれていた可能性もあり、一方でクランクビーユの発することばが犯罪の性質を有するかどうかも問題になるとした。結局ブリッシュ裁判長は、クランクビーユを15日間の拘留と50フランの罰金に処した。(M. le president Bourriche lut entre ses dents un jugement qui condamnait Jérôme Crainquebille à quinze jours de prison et cinquante France d’amende.)罰金は、すぐさま情けが出た。
花村嘉英(2022)「アナトール・フランスの『クランクビーユ』で執筆脳を考える」より