小林多喜二の「蟹工船」で執筆脳を考える-不安障害4


A 然し「今に見ろ」を百遍繰りかえして、それが何になるか。ストライキが惨めに敗れてから、仕事は「畜生、思い知ったか」とばかりに、過酷になった。それは今までの過酷にもう一つ更に加えられた監督の復仇的な過酷さだった。限度というものの一番極端を越えていた。今ではもう仕事は堪え難いところまで行っていた。 
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B 「間違っていた。ああやって、九人なら九人という人間を、表に出すんでなかった。まるで、俺達の急所はここだ、と知らせてやっているようなものではないか。俺達全部は、全部が一緒になったという風にやらなければならなかったのだ。そしたら監督だって、駆逐艦に無電は打てなかったろう。まさか、俺達全部を引き渡してしまうなんて事、出来ないからな。仕事が、出来なくなるもの」
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C「そうだな」
「そうだよ。今度こそ、このまま仕事していたんじゃ、俺達本当に殺されるよ。犠牲者を出さないように全部で、一緒にサボルことだ。この前と同じ手で。吃りが云ったでないか、何より力を合わせることだって。それに力を合わせたらどんなことが出来たか、ということも分っている筈だ」
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D 「それでも若し駆逐艦を呼んだら、皆で―この時こそ力を合わせて、一人も残らず引渡されよう!その方がかえって助かるんだ」
「んかも知らない。然し考えてみれば、そんなことになったら、監督が第一あわてるよ、会社の手前。代りを函館から取り寄せるのには遅すぎるし、出来高だって問題にならない程少ないし。……うまくやったら、これア案外大丈夫だど」
「大丈夫だよ。それに不思議に誰だって、ビクビクしていないしな。皆、畜生!ッて気でいる」
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E 「本当のことを云えば、そんな先きの成算なんて、どうでもいいんだ。――死ぬか、生きるか、だからな」 「ん、もう一回だ!」
 そして、彼等は、立ち上った。――もう一度!
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花村嘉英(2019)「小林多喜二の「蟹工船」の執筆脳について」より


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