「ブルジョワ世界の終わりに」から見たゴーディマの意欲についてー脳の前頭葉の活動を中心に(要約)


 ナディン・ゴーディマ(1923-2014)は、南アフリカの白人社会の崩壊を目指す反アパルトヘイト運動に白人がどのように関与できるのかを自問し、世の中の流れに逆流する自国の現状に危機感を抱いて、何らかの形で革命に関わりたいという意欲を持っていた。こうした作家の脳の活動は、南アフリカの将来を見据えたリスク回避といえるため、特に、「意欲と適応能力」に焦点を当てて、ゴーディマの執筆脳について考察していく。
 ゴーディマが「ブルジョワ時代の終わりに」を書いた1960年代前半の南アフリカは、ヘンドリック・フェルブールト首相(在任1958-1966)に象徴されるアパルトヘイト全盛の時代で、いくら適応能力があっても政治や法律によりそれを発揮できなかった。そのため、心の働きでは意欲が強くなり、それに伴う計画や判断を含めた脳の活動としては、前頭葉が注目に値する。
 前頭葉は、頭頂葉や側頭葉といった他の連合野と相互関係にあり、また、本能を司る視床下部とか情動や動機づけの反応に対して判断を下す扁桃体と結びつきが強い。(Goldberg 2007)
「ブルジョワ世界の終わりに」は、マックスの死を知った私の一日というストーリーで、そこには小学生の息子ボボ、マックスの両親や妹夫妻、弁護士のグレアム、87歳になる認知症の自分の祖母、運搬請負人のルークがいる。それぞれの場面でマックスのことを回想しながら、当時の南アフリカの革命に関わる一人の白人の意欲を描いている。
 アフリカ民族会議やそこから分裂した過激派のパンアフリカ会議と並ぶ白人による反アパルトヘイト運動、アフリカ抵抗運動も、当時、盛んにサボタージュを繰り返した。1964年7月の全国一斉捜査で活動家が逮捕され、所持していた文書や供述からアフリカ抵抗運動の活動が明るみになった。(福島 1994)転職を繰り返すマックスは、こうした白人のサボタージュ運動に属していて、運動初期の段階で逮捕され裁判にかけられた。
 重大な生活上の変化やストレスに満ちた生活が原因となる適応障害は、個人にとって重大な出来事(就学、就職、転居、結婚、離婚、失業、重病など)が症状に先んじて原因となる。(日本成人病予防協会 2014-3)マックスの場合、結婚離婚、就学就職、いずれもうまくいかない。地下組織の人たちと付き合いがあったからである。結局、死を選ぶため、社会に適応する能力がなかったことになる。
 どうにもならない精神状態を説明するときに、ゴーディマは、メディカル表現を用いて問題解決を試みる。心を頑なにして精神を狭める精神的な動脈硬化は、白人居住区が汚染地区であるため、南アフリカの白人たち全員がその対象になる。当時の南アフリカの政治と法律に縛られた無限状態を表す「空間と時間」という購読脳の出力は、情報の認知を通して、新たな国作りのための意欲と精神的な動脈硬化を予防する適応能力という執筆脳の組と相互に作用する。
 マックスは、精神的な動脈硬化に罹らないようにリスク回避を試みる。妹の結婚式におけるスピーチの場面では、マックスの脳内で快楽の神経伝達物質ドーパミンが前頭葉に分泌し、間脳を経て脳幹に信号が伝わっている。この場面では、妹に纏わる長期記憶とその後の彼らを占う作業記憶のうち後者が強いため、ゴーディマの執筆脳は、前頭葉が活発に働いている。
 前頭葉の一機能といえる意思決定は、唯一の答え、つまり真実を求める決定論型と優先事項に基づいた適応型に分かれる。ゴーディマとマックスの意欲は、適応型の意思決定(反アパルトヘイト)であり、そこに執筆脳に関する解決策を求めていく。
 適応型の意思決定では、状況依存型と状況独立型のバランスが良ければいいが、一概にそうはいかない。集団で見た場合、女性は状況独立型を、男性は状況依存形を好む。また、比較的変化が少なければ、独立型の方が懸命であろうし、不安定な状況では依存型の方が好ましい。さらに、無限の状態は変化に乏しいため、独立型が良いであろう。しかし、前頭葉の機能には、そもそも性差がある。(Goldberg 2007)  
 
前頭葉の性差

1 比較項目 適応型の意思決定 男性 状況依存型を好む。女性 状況独立型を好む。
2 比較項目 状況依存型の意思決定 男性 左前頭前野皮質が活動する。女性 左右両側の後部皮質(頭頂葉)が活動する。
3 比較項目 独立型の意思決定 男性 右前頭前野皮質が活動する。女性 左右両側の前頭前野皮質が活動する。
4 比較項目 大脳皮質の機能 男性 左右の脳の違いが著しい。 女性 前部と後部の脳の違いが顕著。
5 比較項目 情報の処理 男性 左半球の前部と後部がともに活動する。女性 左右の大脳半球の前頭葉がともに活動する。
6 比較項目 脳内の結合部 男性 片側の大脳半球の前後を繋ぐ白質繊維束が大きく、片側の大脳半球の機能的統合が顕著である。女性 左右の大脳を繋ぐ脳梁の部分が太くて、大脳半球間の機能的統合が顕著である。

 上記の表から見ると、女性であるゴーディマの執筆脳は、左右両方の前頭前野皮質が活動していたと想定できる。これが「ブルジョワ世界の終りに」を読んで思う「空間と時間」という受容の読みを厚くしてくれる。
 「空間と時間」という購読脳の出力は、意欲を通して適応能力となり、理解、思考、判断などの総合能力によって将来を見据えた作家のリスク回避につながっていく。ゴーディマのLのストーリーは、縦の受容が言語と文学→言語の認知→「空間と時間」となり、横の共生が「空間と時間」→情報の認知→意欲と適応能力になる。そこから、「ゴーディマと意欲」というシナジーのメタファーが作られる。また、作成したデータベースから記憶の種別を考えると、マックスの回想が場面ごとに見られることから、エピソード記憶が多い。

花村嘉英(2018) 「シナジーのメタファーの作り方について」より


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