谌容の「人到中年」で執筆脳を考える2


2 谌容の「人到中年」でLのストーリーを考える 
 
 谌容(1936-)は、中国湖北省の武漢市出身で1954年に北京外国語大学に進みロシア語を学んだ。文化大革命(1966-1976)のときは、北京の近郊通県で4年間下放生活を送った。人民の中で人民とともに苦難を味わなければ、人民のためによい小説は書けないということであろうか。
 女医の陆文婷は、眼科医であり治療歴も豊富である。仕事には熱心で日々夜遅くまで自宅で勉強する。亀裂などの金属疲労が専門の夫傅家杰との間に子供が二人いて母として躊躇困窮し、どこかしら受け身でもある。夫もやはり研究熱心である。
 文学作品は、社会における影響を重視する。陆文婷は、特殊な境遇にあるも良き医師、良き妻良き母であろうとする。英雄ではない。しかし忍耐と粘りのイメージから同情を喚起し、社会一般の知識人たちの現状を見つめ直す。人生に直面し、社会の矛盾を直視することは、作家が小説を作るにあたり必然の方法である。それが社会や生活の本質に当たるからである。中年は腕の見せ時で万事が多忙である。
 焦成思次官は、白内障の症状があり手術を要する。白内障は、眼の水晶体が灰白色に変じて濁る病気で、老人性のものが多い。先天性、糖尿病性、外傷性、赤外線による職業病性もある。原爆被害者の場合は、原爆白内障といわれる。焦次官に続いて幼子王小嫚や劉老人も角膜移植の手術を受ける。陆文婷の手術の腕は確かである。
 白内障の原因は、主に加齢であるが、糖化もその一つである。身体の糖化により生成される終末糖化産物(AGEs)が眼の水晶体に溜まると白内障に罹ってしまう。終末糖化産物は、タンパク質に余分な糖質が結びつき加熱されてタンパク質が変性劣化して生まれる。(片野2022)糖化が促進すると活性酸素が増加し身体の酸化が進む。活性酸素はまた糖化も促進するため、負のスパイラルに陥る。 
 陆文婷に異変が訪れる。10年連れ添った傅家杰も覚えがないほど彼女の身体の具合が悪い。通りすがりのトラックで病院の救急室へ運ばれる。静脈注射が打たれ救急措置が始まる。アダムスストーク症状が現れ、心臓打撃機が開けられた。何かの原因で心拍が不規則になり脳への血液量が激減し、眩暈や痙攣、失神などの脳虚血症状を起こす病態である。
 果たして症状は好転した。しかし、病気が家族に与えた不運は、誠に冷淡で冷酷である。傅家杰は、二晩も眠っていない。耐えられないほど心が痛んだ。そして、陆文婷が望む子供の世話を引き受ける。陆文婷を死なせてはならない。彼女の回復を詩で祈る。「人到中年」の購読脳は「現実と矛盾」、執筆脳は「紆余曲折と光明」、シナジーのメタファーは、「谌容と本質」である。

花村嘉英(2022)「谌容の『人到中年』で執筆脳を考える」より


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