3.2 海馬モデル
記憶を司る部位として知られる海馬は、側頭葉と呼ばれる大脳皮質のすぐ裏側にあり、耳の奥に左右一つずつ置かれ、直径が約1センチメートル、長さが10センチメートルほどで、キュウリのような形をしている。
海馬は神経細胞の集まりで、その断面を見るとS字に似た筋が見られ、そこに細胞がぎっしりと詰まっている。S字の筋の上部はアンモン角と呼ばれ、下部は歯状回と呼ばれる。アンモン角の細胞は三角形の錐体細胞であり、歯状回の細胞は丸くて小さい顆粒細胞である。アンモン角はさらに4つの部位(CA1野、CA2野、CA3野、CA4野)に分けられる(CAとはCornu Ammonisの略)。(池谷祐二:2001)
この中で重要な部位は、CA1野とCA3野である。これらと歯状回を合わせた三つの部位は、神経線維で繋がった連絡網になっている。海馬の中の情報は、歯状回→CA3野→CA1野の順に伝わっていき、五感の情報がそれぞれ大脳皮質の側頭葉に送られる。しかし、津田(2002)によると、貫通繊維にはCA3野に至るものとこれをパスしていきなりCA1野に至るものとがある。
銃殺される前に街中を引き回される阿Qが刑場へ向かう途中で車から喝采している人々を見て、ある瞬間に4年前山麓で出会った飢えた狼のことを思い出す。(例、(40))。ここで喝采している人々は、「馬々虎々」という無秩序状態にあり、予測不可能な振舞い(非線形性)を示すと見なされる。そして、刑場へ向けて荷車を引く仕事人と阿Qの視神経がとらえる入力情報は、引き回しの開始の時点ではほぼ同じである(例、(37))。ところが、しばらくすると阿Qは飢えた狼のことを思い出す(例、(40)、(41))。つまり、両者の出力は、その時点で全くかけ離れたものになる(非決定論)。
こうしたカオスの特徴は記憶とも結びつく。近づきも離れもせずに阿Qを罪人として追いかけてくる狼の目(例、(41)、(42))。例えば、これがエピソード記憶であり、阿Q並びに彼の周りにいる人々に託された「馬々虎々」という無意識の思想を連続した物体の存在認識に見られるカオスの世界とする理由である。
花村嘉英(2015)「从认知语言学的角度浅析鲁迅作品-魯迅をシナジーで読む」より