横光利一の「蝿」で執筆脳を考える2


2 「蝿」の思考によるLのストーリー  

 横光利一(1898-1947)は、場面のイメージが掴めるような感覚表現を用いて新しい文体を作り出し、新しい文芸時代のための貢献を試みた。ここでは、横光利一の「蝿」(1923)を題材にする。「蝿」は、眼の大きな一匹の蝿が蝿の眼で田舎の宿場の様子や乗客たちを分析するときの話である。無論、客観性を上げるためである。
 宿場には、街で仕事をしている倅が死にかけている農婦、荷物を持った駆け落ち組の若い男女がやってきた。さらに、母親に連れられた男の子、四十三歳で春蚕の仲買人をしている田舎紳士も宿場に加わった。 
 二番の馬車は、10時に出る。馭者は、饅頭を腹掛けの中へ押し込み、馭者台に乗った。喇叭が鳴り、鞭が入る。眼の大きな例の蝿は、馬の腰の余肉の匂いの中から飛び立った。そして、車体の屋根の上にとまり直ると、漸く蜘蛛の網からその生命をとり戻した身体を休めて、馬車と一緒に揺れていった。初期値敏感性で見ると、蝿の目に映る馬車からの光景は、乗客と変わらない。 
 動物や昆虫から見た現実世界を描いた作家は他にもいる。フランツ・カフカである。「変身」は、起きたときに大きな害虫に変わっていたグレゴール・サムサがやはり虫の眼で家族の様子を観察している。観察している以上、視覚情報が重要である。

花村嘉英(2020)「横溝利一の『蝿』の執筆脳について」より


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