主人公は、実体となりそもそも存在し、主人公を理想の型に入れて加工しながら育てる世界に個物がある。これが川端の創造である。これを「雪国」から読み取れる顔の表情と関連づけながら、川端が求める実体と個物の説明を追っていく。顔の表情は、登場人物の説明の際にどんな作品の中でも使われているし、外界からの情報を受ける感覚器官(五感)とともに顔のシステムの入出力に対応している。
感情は、階層で考えると瞬時の情動と継続の畏敬に枝分かれし、情動は、内からの創発と外からの誘発に分類できる。感情については、行動と組みになることを想定し、森鴎外の「山椒大夫」と「佐橋甚五郎」を分析したときに、バラツキによる統計も含めて「鴎外と感情」というシナジーのメタファーの作り方を説明した。(花村2017)顔の表情は、五感情報により刺激を受けるため誘発の方が多い。しかし、堪えていた感情が何かの拍子に出てしまうのは、創発の表情である。
この小論では、購読脳の「無と創造」という出力が、人工知能の認知発達で目的達成となるかどうかが問題となる。また、人工感情と組になりそうな情報の認知1のセカンドのカラムとして顔の表情を設定し、(1)の公式を考える。
(1)「無と創造」(購読脳の出力)→「(五感)情報の認知1と顔の表情」→「人工感情」→「認知発達」
(1)が確認できれば、川端康成の執筆脳について、「川端と認知発達」というシナジーのメタファーが成立する。遠藤(1974)によると、様相論理の言語とそのモデル構造の分析の中に「無と創造」という組み合せがでてくる。バルカンの原理と呼ばれる様相文がある。モデル構造MQ <K、R、D>(Kは空でない可能世界の集合、RはK上の反射関係、Dは個物の領域)に対して「語Qであるものが存在しうるなら、Qでありうるものがすでに存在している」という意味のバルカン文 ((∀x) NPx → N(∀x) Px)(ここでNは必然でPは存在者)であり、何もない無からの創造を否定する言明である。
花村( 2018)「川端康成の『雪国』から見えてくるシナジーのメタファーとは」より