フランツ・カフカの「変身」で執筆脳を考える3


 「変身」の文体は、冷静な報告調に見る衝撃(佐藤1979)とか存在の不安を怪奇な姿形で表したもの(藤本他1981)ともいわれ、構文的には接続法の使用が多い。これは、前日まで家族のメンバーであったグレゴール・ザムザが虫の目になって家族の様子を語っていることもある。つまり、現実から内容が少しずれているためである。
 例えば、Er hätte Arme und Hände gebraucht, um sich aufzurichten; statt dessen aber hatte er nur die vielen Beinchen, die ununterbrochen in der vershciedensten Bewegung waren und die er überdies nicht beherschen konnte.
 この文のhätteは、通常であればザムザが起き上がるために腕や手を用いるという仮定の意味があり、害虫に変身した今となっては、細かく動き支配できない多くの小さな足がその代わりをすることになる。なお虫の目からの社会観察は、日本語では横光利一の「蝿」が有名である。
 Egon Schwarz(1984)は、害虫に変わった瞬間に存在の問題が発生していると説く。カフカの場合、人間の存在について証言するという目的がある。選択された動物の特徴や機能に依存しながら、動物寓話の習慣、メールヒェンの伝統、口悪い風刺の作用といった文学上の関係が作られる。人間の最小価値を信号で知らせるためもあろう。
 そこには日常見慣れた表現形式によそよそしさを加えて異様なものを作り、内容をさらに理解させるための工夫がある。これは、異化効果と呼ばれ、登場人物の振舞いが歪みの法則により捉えられる。
 この小論では、「変身」についての購読脳は、「異化と人の最小価値」とし、執筆脳を「適応と反応」にする。また、自己の心的構造に適合するように外界の状況を適合させる同化に対し、自己を外界の状況に適合するように変化させる異化効果によるシナジーのメタファーは、「カフカと適応」にする。

花村嘉英(2020)「フランツ・カフカの『変身』の執筆脳について」より


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