この立場に立つと、例えば、schön Xの内容は、 Xの意味にかなり依存することになる。 しかし、(30)のように「美しい」の標準が修飾される名詞(肋骨)によって決まらないことがある。重要な特徴(レントゲン写真)は、むしろ前述の文脈によって提供されると考えた方が自然である。標準(STANDARDの属性値としての役割を果たすパラメータのアンカー)は、修飾される名詞の特徴(関係)によって決まるが、文脈に依存する場合もあるということになる。
Angeblich(自称の、表向きの)のような形容詞は、angeblich XがXである必要はないという理由から、上述した制約と一致しないように見える。この場合、名詞の制約は、angeblich な関係の変数として挿入される(31を参照すること)。そして、 angeblicher TäterのようなNʼの内容は、(32)に示されているnom− objになる。この種の名詞により言及される個人は、文脈上決まるある個人が実際に犯罪者でなくても、犯罪者であると主張すれば、成立するからである。
修飾語の分析例として、GPSGの枠組みで構成性(フレーゲの原理)を維持するために、イディオムの一部に修飾語を付加 することができるかどうか自身で試したことがある(花村 1991)。但し、本書では、論理文法の歴史に従って構成性を強く意識することはない。条件文やテキストを扱うために、中間処 理に依存する方向で理論が展開していくためである。GPSGは、統語論に文脈自由の句構造文法を、そして意味論にMontague Grammarを採用した世界的に有名な言語理論である。
ここでの問題点は、例文(36)に示されている。形容詞leibhaftig の形態統語的な修飾は、確かに名詞Hundに掛かっているが、意味的な修飾は、この名詞ではなく動詞になるからである。それ故、本書では、leibhaftigをファジィ論理でいうある種のヘッジとして扱い、さらに、イディオム自体もヘッジと見なすことができるという立場でこの問題を処理している(イディオムの原理)。
その理由は、Fleischer (1982)が説くように、慣用句がイゾトピー(同位元素性)のようなテキスト内の様相パラメータを 特別な方法で識別することができると考えているからである。これにより、Montague Grammarのイディオム分析は、拡張されることになる。なお、Fleischer (1982)は、イディオム性を語彙の構成要素の意味と文全体の意味の間に存在する不規則な関係としている。
花村嘉英(2022)「イディオム-モンタギュー文法からGPSGそしてHPSGへ」より