表3
正道はうっとりとなって、この詞に聞き惚れた。そのうち臓腑(ぞうふ)が煮え返るようになって、獣めいた叫びが口から出ようとするのを、歯を食いしばってこらえた。A2B1C2D2
たちまち正道は縛られた縄が解けたように垣のうちへ駆け込んだ。そして足には粟の穂を踏み散らしつつ、女の前に俯伏した。A1B1C2D2
右の手には守本尊を捧げ持って、俯伏したときに、それを額に押し当てていた。A2B1C2D2
女は雀でない、大きいものが粟をあらしに来たのを知った。そしていつもの詞を唱えやめて、見えぬ目でじっと前を見た。A2B1C2D2
そのとき干した貝が水にほとびるように、両方の目に潤いが出た。女は目があいた。「厨子王」という叫びが女の口から出た。二人はぴったり抱き合った。A1B1C2D1
花村嘉英(2019)「シナジーのメタファーのために一作家一作品でできること-森鴎外『山椒大夫』」より