シナジーのメタファーのために一作家一作品でできること-森鴎外「山椒大夫」2


2 「山椒大夫」は誘発

① 安寿と厨子王は、人買いに買われて由良の山椒大夫の所で奴婢になり潮汲みと柴刈りを強いられる。健気な中にも父母への思いは募るばかり。ある日、初めて二人一緒に柴刈りに出かけた。姉は予め弟に二人では駄目だから、一人で筑紫の父の所へ行って、佐渡へ母を迎えに行くようにと話した。結局、厨子王は一人で都を目指すことになる。そして、安寿は入水する。 
② 僧形になった厨子王は都に上り、東山の清水寺に泊まる。開運の時がきた。関白師実に事の経緯を話したところ、筑紫に左遷した平正氏の嫡子という身元が判明し、厨子王は師実に客として迎えられる。師実が還俗した厨子王に冠を加えると、欲求を満たしてくれるものに接近する情動が厨子王に生まれる。
③ 厨子王は元服後正道と名のった。父の安否を筑紫に尋ねたところ、死亡していることがわかり、正道は身がやつれるほど嘆いた。体の生理状態と心の状態は、密接な関係にある。悲しい時には、涙があふれて全身が緊張し、子供のようにしゃくりあげて泣く。正道もその類である。ここでは身内との惜別による悔しい気持から、哀れな情動が生まれている。
④ その後、正道は丹後の国守になる。都へ上る際に手を貸してくれた曇猛律師は総都にし、安寿を懇ろに弔い、入水した岬に尼寺を建てた。そして、任国のために仕事をしてから、佐渡へ母を探しに行く。母と姉への献身である。これは、正道個人の尊敬の念である。
⑤ 佐渡に着いて大きな百姓家の生垣を覗くと、刈り取った粟の穂が干してあり、雀が啄むのを女が逐っている。正道は心が引かれると同時に身が震えた。女は盲である。耳を立てると、安寿と厨子王のことが恋しいと歌っている。探していた母がそこにいる。正道は臓腑が煮えくり返るも雄たけびを堪えた。縛られた縄が解かれたように垣根の中に駆け込んで、守本尊を額に押し当て母の前にうつ伏した。雀ではないとわかると、母の両方の眼は涙で潤い、その時目が開いた。そして、二人はぴたりと抱き合った。

 ここでも自分の欲求を満たしてくれるものに接近行動を示す情動が母と正道に現れる。情動にはこのように人を行動に駆り立てる性質がある。つまり、情動を単なる心的状態ではなく、脳の機能として捉えることにより、「鴎外は感情」というシナジーのメタファーが作られる。
 情動ついては、大脳の内側にある大脳辺縁系が密接な関係にある。特にその中でも扁桃体が重要である。扁桃体と線維連絡のある視床下部や視床下部と線維連絡のある中脳中心灰白質も、情動の表出に関与している。例えば、情動に伴う自律神経系の反応(心拍数、呼吸、血圧の変化)や行動面での反応(恐怖に対するすくみや怒りによる攻撃)の生起である。つまり、扁桃体─視床下部─中脳中心灰白質という1つの系が情動に関与する脳の部位になる。(花村 2017)

花村嘉英(2019)「シナジーのメタファーのために一作家一作品でできること-森鴎外『山椒大夫』」より


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