4 ゴーディマのメディカル用語
医学の分野には、世界中でし烈な競争が繰り広げられている細胞レベルのミクロの研究と身体全体に通じる外部環境も含めた体内時計のようなマクロの研究がある。システム系もミクロは電子レベルの研究であり、マクロは地球規模の環境問題や交通とか震災システムのような研究である。経済でも、ある企業と日本全体の問題とか日本国内と世界の国、地域からなるミクロとマクロの研究がある。
いずれもミクロの研究は、個人やグループのアイデアが評価の対象となり、マクロはそれに基づいたグローバルな分析から結論を導いていく。こうしたミクロとマクロの発想や調節を人文科学、特に文学分析にも適用していきたい。個人が個人の研究をすればよいのでは、文系脳で頭打ちとなり、20世紀型で時代遅れも甚だしい。
中でも特に注目する点は、問題解決の場面である。問題未解決の場面に比べて、作家の執筆脳は強く働いていると思われる。例えば、どうにもならない精神状態を説明するときに、ゴーディマは、メディカル表現を用いて問題解決を試みる。以下に、作品の中で使われているメディカル表現を抽出して用語を説明し、その場面を紹介する。
表3 ゴーディマのメディカル表現
メディカル用語の使用場面(原文頁)
He died, Bobo. They sent me a telegram this morning. It’ll be in the papers, so I must tell you — he killed himself. (15)
用語の説明 自殺。自分で自分を殺すこと。
(原文頁)
I was excited with hatred of her self-pity. The very smell of her stank in my nostrils. Oh we bathed and perfumed and depilated white ladies, in whose wombs the sanctity of the white race is entombed! (25)
用語の説明 鼻腔は、顔面の中央、鼻の側面、頭蓋の前後にある空洞。前方は外鼻腔によって外界に通じ、後方は後鼻腔によって咽頭に通じている。機能は、発生時の共鳴作用、呼気の加湿、加温などである。子宮は、人や哺乳類の体内で胎児を育てるところ。茄形の筋肉管。
(原文頁)
I don’t know whether they ever knew that he was a member of a Communist cell, probably not. (25)
用語の説明 生物体を組成する構造的、機能的単位。分裂によって増殖する。核を持つ真核細胞と、それを持たない原核細胞とがある。核以外の部分を細胞質と呼び、各種の細胞小器官や顆粒を含む。
(原文頁)
I suppose that was why she was inclined to take with sophisticated tolerance, unlike my won parents, the fact that I got myself pregnant at eighteen. (26)
用語の説明 妊娠は、女子が体内に受精卵またはそれが発育した胎児を包容している状態。正常器官、即ち受精から分娩までの期間は、最終月経から数えて約280日。
(原文頁)
What I’m asking you to look out for is – is moral sclerosis. Moral sclerosis. Hardening of the heart, narrowing of the mind; while the dividends go up. (31) ….
用語の説明 動脈硬化とは、老化とともに、動脈内にLDLがたまり、内腔が狭くなっていき、弾力性を失ったりした状態をいう。そこから精神的な動脈硬化を引き出す。
I’m not talking about the sort of thing some of them have, those who have had their thrombosis, I don’t mean veins gone furry through sitting around in places like this fine club and having more than enough to eat. (31)
用語の説明 血栓とは、血管内にできた血のかたまり、動脈がぼろぼろになる。動脈硬化のこと。
(原文頁)
More widespread than bilharzia in the rivers, and a damned sight harder to cure. (31)
用語の説明 住血吸虫とは、吸虫類の住血虫科の扁形動物の総称。雄雌異体。雄虫は体調約1.5センチ、外見は細長い。後体は幅広く左右から覆面に向かって巻き込まれ、通常この中にメスを抱き込んでいる。雌虫は体調約2センチ、細長くて紐状。前端に口吸盤、腹面に腹吸盤があり、人畜の静脈、門脈系内に寄生して血液を吸う。
(原文頁)
It’s a hundred per cent endemic in places like this Donnybrook Country and Sporting Club, and in all the suburbs you’re likely to choose from to live in. (31)
用語の説明 感染地区とは、細菌、有毒物質、放射性物質などにより、汚れること。
(原文頁)
He had a wife once; she was a girl he’d gone know with since they were schoolchildren, and she died of meningitis when she was younger than I am now. (36)
用語の説明 脳脊髄膜炎と同じ。一般に発熱し、脳脊髄液の圧力上昇のため、激しい頭痛、嘔吐、頸部強直の圧力上昇などが現れる。流行性のものは法定伝染病で、髄膜炎双球菌によって起こり、治療後も神経障害を残すことが多い。結核性のものや化膿性のものもある。
(原文頁)
Boao and I went down for two weeks at Christmas and every day the three of us walked along the cliff road above the sea, where the polyps of seaweed reach up from far down in the water. (53)
用語の説明 皮膚、粘膜などの面から突出し、茎を持つ卵球形の腫瘍。慢性炎症から生じるものと、良性腫瘍性のものとがあり、鼻腔(鼻茸)、胃腸、子宮、膀胱などにできやすい。
(原文頁)
Among the very small white-haired old ladies, the dying diabetic, taking so long to die, was till there, humped on her side, smoking. (57)
用語の説明 血液中のブドウ糖が多いと、血管や神経、腎臓や目など、全身の様々な組織に障害がでる。食後は血中ブドウ糖(血糖値)が増えるが、同時にインスリンが分泌されブドウ糖が処理されて、やがて血糖値が下がる。しかし、インスリンの分泌が少なくて働きが悪かったりすると、食後の血糖値が下がらず、血糖値の高い状態が続く。それが糖尿病。
(原文頁)
Well, your gums was sore this morning, grannie, don’t you remember? (58)
用語の説明 歯の昆布を包む口腔の粘膜層。骨膜と固く結合し分泌腺がない。
Angina attacks (58)
用語の説明 狭心症の発作。
(原文頁)
I’m not a doctor … it sounds like middle ear. (76)
用語の説明 聴覚器官の一部。中耳腔と耳管からなる。外側は鼓膜を隔てて外耳道に、内前方は耳管によって咽頭に開き内耳に接する。内部に3個の耳小骨(ツチ、キヌタ、アブミ)が連なり、鼓膜の振動を内耳に伝える。
(原文頁)
That’s what’s up there, behind the horsing around and the dehydrated hamburgers and the televised blood tests. (93)
用語の説明 血液検査は健康診断の基本項目である。ガンの腫瘍マーカーはガンの発見や治療に利用されている。アトピーやスギ花粉や食べ物に対するアレルギー反応についてもわかる。また、エイズ、貧血、白血球、動脈硬化、心疾患、脳血管疾患などの発病のリスクもわかる。
花村嘉英(2018)「シナジーのメタファーについて考える-ナディン・ゴーディマと意欲」より